――あなたはなにを信じますか?




Believing




「キミ、迷子でしょ?」

疲れ果てて花壇の縁に腰かけていたところ、急に声をかけられた。
顔をあげると、目の前に知らない男が立っていた。

「この町には、ね。迷子になって、そのままもう二度と親に会えなくなっちゃった子供の話があるんだよ。知ってる?」

にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべながらも発せられたその言葉に、一瞬で、なにもかもが頭から消えた。
心細さも、痛む足も、なにもかもすべて。

「キミもさ、置いていかれたんだ、って思わない?」

唇に浮かんでいる笑みが、微かに歪み、男が重ねて問いかけてくる。

「こんな人込みの中ではぐれて、二度と会えないかもしれない、とか?」

からかっているのだろうか。
それとも、不安を煽りたいのだろうか。

男の顔をじっくりと眺める。

どれも違うような気がした。
ちょっかいだして遊んでる……ように見えながらも、結局、なんにも興味はないのだ、と思った。

覗き込む瞳の奥にあるのは――黒い闇。
その身に抱えているのは虚無。

そんな感じがした。

「きっと来る」

まっすぐに男の顔を見たまま答えた。
目をそらしたら、それだけで負けのような気がした。
それだけで、つけこまれる。

どうでも良い暇つぶしになってやる気はなかった。

「信じてるんだ」

男の言葉に、少し考える。

信じてる。
なにを?
だれを?

そう考え、そして、クスリと笑う。
ふと、思ったことに。

「あなたは『信じる』という言葉の意味を本当に知ってるの?」

一瞬、男の目が見開かれた。軽く。

信じる。
その言葉の意味がわからない相手に、なにをいっても無駄だと思う。

それに。

その言葉の意味は――俺にもよくわからない。

「――参ったな。そういう反撃がくるとは思わなかった」

クスリ、と今度は男が嗤う。
その背後に。

「三蔵」

白い法衣が見えた。
金色の髪。
どんな人込みのなかでも、すぐにわかる、きんいろのたいよう。

「もう見つけちゃったのか。スゴイね。ここで壊してみるのも面白いと思ったんだけど」

男が背後を振り返る。

「もう何年かかけて、その絆をもっと強く育ててもらってからのがいいかも。それにキミもボクも『信じる』っていう言葉の意味をもう少し知ってからの方が面白そうだ」

クスクスと嗤いながら、男はすっと後ろにさがり、人込みのなかに紛れていく。
三蔵(ひかり)に払われ、引いていく男(やみ)。
そんな風に見えた。

そして、すぐにその姿は人込みに紛れてわからなくなった。










西への道をジープで疾走していた。

もうどのくらいこうして旅をしてきたのだろう。
随分と長いこと、こうして旅をしてきたような気がする。
まるで生まれたときから、ずっとこうしてきたような錯覚に陥るほど長いこと。

そして。
目の前の席。
この席に、大好きな金色の輝きを見なくなってから、どのくらいたったのだろう。



ずっとその背中を追っていくと、思っていた――。



「なに、小猿ちゃん。飼い主さまのことでも考えてるの?」

じっと前の席を見つめていたら、横から手が伸びてきて、首に回された。
ヘッドロックをかけられる。

「いってぇな、バ河童っ」

じたばたと暴れてみるが、油断してたせいでがっちりと抱え込まれて、腕が外せない。

「寂しいんだろ。迷子の子供みたいな顔してたぜ」

うりうりと、頭を小突かれる。

「迷子なんかじゃねぇよ。このまま西への進んでけば、いつか会えるんだから」

ふっと手が緩む。
その隙に悟浄から逃げ出して、ジープの端っこに退避する。

「信じてるんですね、悟空は三蔵を」

前の席から八戒が穏やかに声をかけてくる。



信じてる――。



「おい、どうした?」

クスクスと笑い出した俺に、少し焦ったかのように悟浄が声をかけてくる。

「なんでもない」

言いながらも、笑う。

笑う――。



信じてる。



はっきりいって、今でもその言葉の意味はわからない。

でも。



壊れないものはある。



だって。



――声が聞こえる。

三蔵の声が。
こんなにも強く。
こんなにもはっきりと。

だから―――――。



信じてる。



その言葉の意味は、三蔵にもう一度会ったときにわかるかもしれない。

そう思った。




end




<宝厨まりえ様 作>

「水桜月亭」の宝厨まりえ様にクリスマス企画で書いた「Holy Night」を差し上げた(押し付けたですよね)のお礼にと頂きました。
お気持ちだけでも嬉しいのに、リクエストまでさせて頂いて書いて頂いたお話です。
その上、「進呈」です!
我が家でしか読めないと言う栄誉まで頂きました。
私は何て果報者なんでしょうねぇ…(感動)
そして、私の「貴方は何を信じますか?」という、訳のわからないリクエストに、こんな素敵なお話で答えて下さいました。
旅の途中のちょっとした小さな出来事ですが、その隙間に闇は転がって、いつでもその口を開けて待っているんです。
揺るぎない想いを抱いていても不安になるのは、人である限り仕方のないことなのかも知れません。
でも、それでも金色の光を信じて、真っ直ぐに前を向いている悟空はステキです。
闇に何て負けないと思いました。
その想いを一心に受ける三蔵には相当なプレッシャーであるでしょうが、彼も前を向いて、清冽に、過激に進んでいくんでしょう。
悟空に色々な姿を晒しながら。
悟空の揺るぎない気持ちの僅かな揺らぎに食い付くあの人が怖い気もしますが、きっと大丈夫だと思いました。
まりえ様曰く、「訳のわからないお話」では決してありませんので、ご安心下さいませ。
本当に、本当にありがとうございました。

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