いつもの朝
ぐぅ、きゅるるー。 ありえないほどの大音響が、爽やかな朝の光が差し込む部屋のなかに鳴り響いた。 「信じらんねぇ……」 つぶやいてその安らかな寝顔をみつめる。 「悟空」 声をかけて起こそうとする。 「悟空」 もう一度、今度は大きな声で、体も揺すってみても、起きる気配はない。 「たっく、バカ猿……っ」 自分ばかり安眠を貪る小猿に、額に怒りのマークを浮き上がらせて、どこからともなく取り出したハリセンで殴りつけてやろうとするが。 不意に悟空がコロンと転がり、三蔵が使っていた枕を抱き込んで。 「……バカ猿」 先ほどと同じ言葉が三蔵の口から漏れるが、声の調子は格段に違う。 あまりのバカ面に殴る気も失せた。
「うにゃ……」 しばらくして。 「メシだっ!」 突然、ぱっちりと目を開けた。 「メシっ!」 ガバッと起き上がり、なによりも大好きなものに向かって走り出そうとするが。 「いてっ!」 なんだか鈍い痛みが体中を駆け抜けて、悟空は起き上がったままの格好で、寝台の上でピキンと固まった。 「急に動くな」 土鍋を乗せたお盆をもった三蔵が言いつつ、寝台に近づく。 「三蔵」 三蔵の顔を見て、悟空は満面の笑みを浮かべた。 「熱いから、ゆっくり食べろよ」 お盆を目の前においてやると、さっそく、ふぅふぅ、はぐはぐと悟空は土鍋のおかゆをほおばりだした。 「三蔵、なんで今日はこんなに優しいんだ? なんか変」 半分ほど食べたところで少しは落ち着いたのか、見守るようにベッドの端に腰かけていた三蔵を見上げ、悟空は小首をかしげた。 「変なのが嫌なら、別にいつもどおりでもいいぞ」 いいつつ、三蔵がお盆をとりあげようとする。 「いいっ! 変でもいいっ!」 悟空はお盆を押さえこんだ。 「……お前、全然変わらないのな」 すっと三蔵の手が伸びて、なにも着ていない悟空の鎖骨の辺りについた赤い痕を指で撫でる。 「ぎゃっ!」 艶っぽい、というのとはほど遠い声を悟空はあげる。 「なんすんだよっ! メシ、ひっくり返しちゃうとこだったろっ!」 どこか呆れたようにいう三蔵の言葉を無視し、もうだいぶ中身も減って冷めてきて、手で持てるようになった土鍋を、なにがあっても落とさないようにするためか抱え込むようにして最後の何口かを食べ。 「ご馳走さまでした」 カランと音をたてて鍋にレンゲを置いて、悟空は手を合わせた。 「変わるも変わらないもねぇだろ。三蔵は三蔵だし、俺は俺だもん」 昨日初めて二人は枕を交わした。 そして、目覚めてみれば。 もう少し、恥じらいのようなものがあっても良いのでは、と思うが。 朝、起きた段階であんなにけたたましく腹の虫が鳴いていたくらいだ。 「それもそうかもな」 これも自分たちらしいかもしれない、と三蔵は微かに笑みを浮かべる。 「な、な、な―――っ!」 すると、先ほどの言葉は幻か、というように、ずさっと悟空は後ろに身を引く。 「……メシ粒がついていたから取ってやっただけなんだが。全然変わらないんじゃなかったのか?」 先ほどよりも笑みを深くし、三蔵は悟空に手を差し伸べた。 近づいてくる三蔵の顔に、悟空はぎゅっと目をつぶった。 すぐ近くにある綺麗な顔。 一瞬、息をのみ。 呼応するかのように、三蔵もいつになく柔らかな表情を浮かべ。 自然と二人の影は重なり合っていった。
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<宝厨まりえ様 作>
「水桜月亭」の10万Hit記念アンケートに図々しくもお答えさせて頂いた御礼にと、宝厨まりえ様に頂きました。
初めて枕を共にした次の日の朝の二人ですが余りにも二人らしくて、顔がにやけてしまいます。
恥じらいを期待する三蔵と何も変わらない悟空と。
でもそれも、三蔵が触れるまでのこと。
触れられることとそれ以外のことは別ならしくて、可愛い悟空がたまりません。
こんな子だから三蔵も手放せないのでしょうね。
ほのぼのと幸せな情景と共に、朝の晴れた青空が見えるお話をありがとうございました。
アンケートに勇気を出して答えた甲斐がありました。
幸せv