いつもの朝




ぐぅ、きゅるるー。

ありえないほどの大音響が、爽やかな朝の光が差し込む部屋のなかに鳴り響いた。
眉をひそめ、たいそう不機嫌な顔で、のろのろと最高僧さまは起き上がった。
隣には穏やかな寝顔を浮かべる養い子。

「信じらんねぇ……」

つぶやいてその安らかな寝顔をみつめる。
なぜなら、今も鳴り響いているこの音は、小猿の腹の虫だから。
隣で寝ている三蔵を起こすほどなのに、なぜこんな音をたてながら、寝ていられるのだろう。

「悟空」

声をかけて起こそうとする。
が、くぅくぅと規則正しい寝息は乱れることもなく。

「悟空」

もう一度、今度は大きな声で、体も揺すってみても、起きる気配はない。

「たっく、バカ猿……っ」

自分ばかり安眠を貪る小猿に、額に怒りのマークを浮き上がらせて、どこからともなく取り出したハリセンで殴りつけてやろうとするが。

不意に悟空がコロンと転がり、三蔵が使っていた枕を抱き込んで。
くん、と匂いをかぐような仕草をし。
それから。
へにゃ、となんともしまりのない笑みを寝たまま浮かべた。

「……バカ猿」

先ほどと同じ言葉が三蔵の口から漏れるが、声の調子は格段に違う。

あまりのバカ面に殴る気も失せた。
どことなく言い訳じみたことを考えながら、三蔵は寝台から床に降りると部屋を後にした。






「うにゃ……」

しばらくして。
小動物の鳴き声のようなものをあげて、悟空の意識は覚醒する。
くんくん、と鼻を鳴らし。

「メシだっ!」

突然、ぱっちりと目を開けた。
大きな金色の目が向くその先は、湯気をたてている土鍋。

「メシっ!」

ガバッと起き上がり、なによりも大好きなものに向かって走り出そうとするが。

「いてっ!」

なんだか鈍い痛みが体中を駆け抜けて、悟空は起き上がったままの格好で、寝台の上でピキンと固まった。

「急に動くな」

土鍋を乗せたお盆をもった三蔵が言いつつ、寝台に近づく。

「三蔵」

三蔵の顔を見て、悟空は満面の笑みを浮かべた。
なんだかあるはずのない尻尾が、さかんに振られているのが見えるような気がする。

「熱いから、ゆっくり食べろよ」
「わーい」

お盆を目の前においてやると、さっそく、ふぅふぅ、はぐはぐと悟空は土鍋のおかゆをほおばりだした。

「三蔵、なんで今日はこんなに優しいんだ? なんか変」

半分ほど食べたところで少しは落ち着いたのか、見守るようにベッドの端に腰かけていた三蔵を見上げ、悟空は小首をかしげた。

「変なのが嫌なら、別にいつもどおりでもいいぞ」

いいつつ、三蔵がお盆をとりあげようとする。

「いいっ! 変でもいいっ!」

悟空はお盆を押さえこんだ。
もとより本気ではなかった三蔵が手を離すと、また悟空は食事を再開する。
悟空は、しばらく警戒するかのように三蔵を窺っていたが、手を出す気がないとわかったのか、食事に集中しだす。
嬉しそうに、美味しそうに食べるその様子は、いつもとまったく変わりがない。

「……お前、全然変わらないのな」
「なにが?」
「昨日の」

すっと三蔵の手が伸びて、なにも着ていない悟空の鎖骨の辺りについた赤い痕を指で撫でる。

「ぎゃっ!」

艶っぽい、というのとはほど遠い声を悟空はあげる。

「なんすんだよっ! メシ、ひっくり返しちゃうとこだったろっ!」
「……問題はそこかよ」

どこか呆れたようにいう三蔵の言葉を無視し、もうだいぶ中身も減って冷めてきて、手で持てるようになった土鍋を、なにがあっても落とさないようにするためか抱え込むようにして最後の何口かを食べ。

「ご馳走さまでした」

カランと音をたてて鍋にレンゲを置いて、悟空は手を合わせた。
それから、改めて三蔵の方を向く。

「変わるも変わらないもねぇだろ。三蔵は三蔵だし、俺は俺だもん」

昨日初めて二人は枕を交わした。

そして、目覚めてみれば。
まっすぐ見つめてくる、いつも通りの表情。

もう少し、恥じらいのようなものがあっても良いのでは、と思うが。

朝、起きた段階であんなにけたたましく腹の虫が鳴いていたくらいだ。
それを望む方が無理というものだろう。

「それもそうかもな」

これも自分たちらしいかもしれない、と三蔵は微かに笑みを浮かべる。
と、悟空の口の端に先ほど食べていたおかゆの米粒がついているのに気づいた。
三蔵は、ほとんどなにも考えずにそれを舐めとった。

「な、な、な―――っ!」

すると、先ほどの言葉は幻か、というように、ずさっと悟空は後ろに身を引く。
たちまち頬が――というよりも全身が赤く染まっていく。

「……メシ粒がついていたから取ってやっただけなんだが。全然変わらないんじゃなかったのか?」
「それとこれは別っ。触れられればドキドキするに決まってるだろっ!」
「そうか」

先ほどよりも笑みを深くし、三蔵は悟空に手を差し伸べた。
頬に触れる指先に、悟空は身を引こうとするが、すでに背中はベッドヘッドに当たっている。
これ以上、後ろにはさがれなかった。

近づいてくる三蔵の顔に、悟空はぎゅっと目をつぶった。
だが、いつまでたっても、触れてくる気配はない。
恐る恐るという感じで、まぶたをあげた悟空の目に映ったのは。

すぐ近くにある綺麗な顔。

一瞬、息をのみ。
だが、悟空はゆっくりと笑みを浮かべた。
花が綻ぶように美しい笑みを。

呼応するかのように、三蔵もいつになく柔らかな表情を浮かべ。
そして。

自然と二人の影は重なり合っていった。




end




<宝厨まりえ様 作>

「水桜月亭」の10万Hit記念アンケートに図々しくもお答えさせて頂いた御礼にと、宝厨まりえ様に頂きました。
初めて枕を共にした次の日の朝の二人ですが余りにも二人らしくて、顔がにやけてしまいます。
恥じらいを期待する三蔵と何も変わらない悟空と。
でもそれも、三蔵が触れるまでのこと。
触れられることとそれ以外のことは別ならしくて、可愛い悟空がたまりません。
こんな子だから三蔵も手放せないのでしょうね。
ほのぼのと幸せな情景と共に、朝の晴れた青空が見えるお話をありがとうございました。
アンケートに勇気を出して答えた甲斐がありました。
幸せv

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