紅い痕




目を覚ますと、最悪の状態だった。
頭が鈍くずきずきと痛む。
うー、と呻き、無意識のうちに体を丸めようとして、悟空はふと気がついた。
なんだかいつもと違って体の下が硬い。
あれ? と思い、視線をあげると、斜め上に寝台が見えた。
ということは。

……なんで、俺、床で寝てるんだろ。

ぼんやりと思うが、今はそんな疑問よりもこの頭痛と、それから喉の渇きだ。
喉の渇きは、意識するとよけいにひどくなった。
痛む頭を片手で押えて、立ち上がろうとする。
と。

「目ぇ覚めたか」

上から声が降ってきた。

「……さん……ぞ……」

声が喉にひっかかってうまく出ない。
顔をしかめ、情けないような表情をしている悟空に、三蔵はため息をひとつつく。

「水か?」

聞かれた問いに、悟空はうなずく。
もう一度、ため息をつき、三蔵は寝台から降りる。
降りるときに、三蔵は全然意識していなかったが、夜着の裾が大きく割れて、太腿の辺りまで露になったのが、ちょうど悟空の目の前を通り過ぎていった。
ドキン、と悟空の心臓がはねる。

――凄い、綺麗。

綺麗というか、艶っぽいというか。
もともと色の白い人だが、日に当たらぬそこは本当に真っ白で、ところどころについたい痕との対比が鮮やかで、思わず頬が赤らむほどの艶めかしさを醸しだしている。
と、そこまで考えて。
はた、と悟空は気がついた。

紅い痕?
いったい、だれが――。

所有の証といわれる、それ。
三蔵は、悟空には遠慮なく刻みつけるくせに、自分がそうされることは嫌がる。

――俺は三蔵のモノだけど、三蔵だって俺のモノだもん。

そう主張しても、鼻で笑われるだけ。
悔しくて、がんばって、一度だけ跡をつけることを許してもらったことはあったが。
昨日は――。
昨日は、なにもせずに寝たはずだ。
なのに。

「ほら」

ぐるぐると思考がまわっていたところ、目の前にペットボトルが差し出された。
顔を上げると、なにごともなかったかのような三蔵の顔が目に入る。
不意に悟空のなかでなにかが切れた。

「さんぞーのうわきもんっ!」

きっと睨みつけ、大声をあげる。

「俺を捨てようとしたって駄目だからなっ。ぜぇったい離れてやんないんだからっ!」

三蔵の眉間に皺が寄る。
露骨になにをいっているんだ、こいつは、という表情が浮かぶ。
それを見て、悟空の声がさらに大きくなる。

「だいたい俺を三蔵じゃなきゃダメにしておいて、いまさらじゃないかっ。捨てるようなことしたら、三蔵がしたこと全部ぶちまけてやるっ!」
「……人語をしゃべれ、猿。いきなり切れてもわからん」
「これが冷静でいられるかってのっ! 俺をベッドの下に蹴落として、でもって、自分は、自分は――っ!」

その先が続けられなくて絶句する。
悔しさのあまり涙がにじんでくる。
が。

「あでっ!」

ゴン、と頭に衝撃を受け、悟空は頭を抱えた。ひんやりとした感触が伝わってくる。
どうやら、ペットボトルで殴られたらしい。

「なんで俺が蹴り落とす。お前が勝手に落ちたんだろうが」
「へ?」
「お前、自分の寝相の悪さを自覚してねぇのか」

確かに悟空は寝相が良くない。たまに、寝た時と頭の位置が逆になっているときとかもある。
だが、三蔵と一緒のときはいつも大丈夫だったはずだが。

「落ちても戻してやってるし、腕のなかにいるときは不思議と寝相がいいんだよ、お前は」

へぇ、そうなんだと他人事のように思った悟空は、そこでハタと気づいた。

「でも、昨日はそうしてくれなかったんだろ。それは俺に飽きたってことだろ。それに、それにっ! 三蔵の足っ! 太腿のとこに――っ!」

ゴィン!
言葉の途中で打ち下ろされた今度の衝撃は、先ほどの比ではない。
あまりの痛さに涙が出てきた。

「お前、今後いっさい、一滴も、酒は飲むな」

仁王立ちになった三蔵から、壮絶な怒りがこもった低い声が発せられる。

「酒……? え……?」

思いもつかなかったことをいわれ、頭を抱えながらも悟空は目を丸くした。
酒。
確かに昨日、飲んだ。
酒を持って遊びにきた悟浄に、飲めないのはお子ちゃまだから、とかなんとかいわれてムキになって。
で、その後、どうしたのだろう。
よく覚えていない。
ただ、やたらと三蔵にじゃれつきたい気分になって――。
と、いうことは。

「あの痕、俺?」

ゲィン! と三度、衝撃が落ちる。
なんとなく昨日の記憶が浮かびそうになっていたというのに、すべて霧散する。

「そんなにぼこぼこ何度も殴んなよっ! せっかく思い出せそうだったのに」
「思い出すなっ! ったく、酔っ払いは質悪ぃ」

どうやら昨日のことは三蔵にとって余程嫌なことだったらしく、苦虫を噛みつぶしたような表情を見せている。
まぁ、無理もないだろう、と悟空は考える。痕を残されるの、嫌がるし。

「今朝は粥でも作るよういってくるから、お前は寝てろ」

ようやく普通にペットボトルを渡し、三蔵はまた寝室から出ていく。

「たたた……」

二日酔いなのか、先ほど殴られたからなのか。
悟空は頭を押さえると、一気に水を煽った。

ところで。
三蔵の機嫌が悪かったのは、痕を残されたということではなく、酔っ払った悟空の押しがあまりにも強くて。
逆になりそうだと恐怖したからだとか、ないとか……。




end




<宝厨まりえ様 作>

「水桜月亭」の宝厨まりえ様に頂きました。
私のオフ本「Gaze fourth」で書いた鬱血痕をバスローブの下に付けた江流のお話をお読みになって、書いて下さったお話です。
しかし、何という縁でしょう!
よくぞ書いた、偉いぞと、自分を褒めたい気持ちで一杯です。
こういう素敵な輪が広がるっていいですね。
書き手冥利に尽きるというモノです。
二日酔いで床の上で目覚めた悟空と平静を装った感じの三蔵。
酔いに任せてごてた悟空をいなしきれず、痕を付けさせてしまった三蔵が可愛いですよね。
照れも入って、怒りも入って、何だか見ているこっちが恥ずかしさに居たたまれない感じがしたり。
いつもの二人の朝なのに甘いお話です。
というか、三蔵の色香って罪作りですよね。
傾国の美女もかくやという…あ、でも三蔵は攻めですからね。
それでも艶っぽいのが、素敵なのですからね。
まりえ様、本当にありがとうございました!
で、このお話で見た三蔵の白い肌に付いた紅い痕からまた、私が萌えて書かせて頂いたお話は
こちら にあります。

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