真夜中のからさわぎ
「良かったですねぇ、いい屋敷が見つかって! コレで今日は野宿しないで済みそうですよv」
今にして思えば。 ――軽やかに笑う、この八戒のひと言がすべての始まりだったように思う。
◆◇
「本当に・・・急に雨に降られた時は、どうしようかと思いましたけど・・・助かりましたねぇ〜、三蔵v」 暗い屋敷の廊下を、先に歩いていた八戒と三蔵が俺を振り返った。 「いやぁ・・・・・・そのぉ〜、八戒さん? 信じられない俺達のセリフに驚いた八戒が、思わず足を止めた。 「一体どうしたんです? 珍しいじゃないですか? 二人とも同じ意見なんですか?」 ――うんうんうん。 意見どころか、コクコクと頷き合うタイミングまでがピッタリだった。 ・・・そりゃそうだろう。 借りてきた猫のように大人しい俺達を前に、八戒は少しだけ首を傾げたが――。 「・・・でもねぇ、幾ら寒い時期じゃなくても、こんなに雨も降ってますし。ジープも疲れているみたいですし。 にっこりと笑って、冷たく結論を出してしまった。 ・・・すると。 ガァァ〜〜ン!! そんな『効果音』が聞こえそうなくらいの勢いで、悟空の顔から血の気が引いていった。 ―― ヤバイ。 俺はすでに湿気てしまって、火もつかないタバコのフィルターを強く、強く、噛み締めた。
◆◇
そもそもの切っ掛けは、4日にも渡って続いた野宿だった。 喜ばないでどうするよ? ――ってなもんだろう。 打ち廃てられたような屋敷ではあったが、屋根はまだしっかりしているようだし。 金持ちの家族が昔、避暑に使っていた別荘ではないか?・・・というのが、錆びた鍵を壊して入った八戒の意見である。 が。 悟空が――この万年欠食児童の“ノーミソ胃袋ザル”が――屋敷に入った途端に脅え出したのである。 いつもだったら、誰よりも先に屋敷に入り込み、「これくらい大きな屋敷だったらさぁ〜、食料庫とかあるんじゃねぇ? 何か食いモン残ってるかもぉ〜〜♪♪」・・・と、煩く騒ぎ出し、三蔵にハリセンを喰らった後――無理やり八戒の手を引いて、保存食探しに走り出しても不思議ではないと云うのに。 なのに・・・今回は、ソレがないばかりではなく。 つまり、そこから導き出される答えとは――? ――自慢じゃねぇが、俺には霊感なんてない。 しかぁ〜し! 俺は過去に、その良くわからねぇモンに取り憑かれた挙句に、頭痛、悪寒、吐き気に肩こりetc.――ありとあらゆる霊障に襲われて、寝込んだ経験があったのだ! その体験で分かったのは、俺が『取り憑かれやすい体質』――だと言う事だけだった・・・。
◆◇
(でもまぁ・・・よく助かったよな・・・俺・・・はは・・・は・・・) 辿り着いた広い部屋で、ひとりソファーを占領していた三蔵が、ふと、その紫暗の瞳を広間の天井に向けた。(特に目を引く様な装飾もない、ただ屋根が見える窓側の天井だ。) つい――つられて同じように見上げた俺の後ろから、悟空の引きつった叫びが聞こえた。 「な、な、なにっ、何!? 三蔵ッッ!?」 「い、イヤ、いやだ、嫌だぁぁ〜〜〜! やっぱ、野宿が良いぃ!!」 俺の背中に隠れたまま、半泣きになって叫んでいる悟空を余所に・・・飼い主様は、眉を顰めて煙草の煙を吐きだした。 (――オイオイ、・・・ど、どうしたら・・・?) 「まぁまぁ、悟空、落ち着いて下さい。こんな大きなお屋敷ですからね? 「嫌だぁぁぁぁ〜〜〜〜っっ!!!」 悟空の叫びは尤もだ。(俺も泣きてぇ・・・) しかし、そんな慰めにもならねぇーセリフを、嬉々として言うのは止せ! 八戒!! (クソッ・・・! 本気でヤバイ予感がっ・・・!) ――この最高僧、絶対なンか楽しんでるぜ? 絶対だ!! その証拠に悟空を見つめる視線が・・・何というか、脅える小動物を眺めて――ある種の悦びを感じている・・・ようにしか見えねぇ! ――しかも、何ですかねぇ? 八戒さん。 あぁ――駄目だ・・。(泣) 俺は絶望した――。 「わ、悪りぃが、俺たち今日は二人でテキトーに寝るわ! じゃあ!」 このままコイツ等に付き合うくらいなら、幽霊や化け物の方がよっぽどマシだっ! ――その時は。
◆◇
「あ〜ぁ・・・」 すでに遠くなった足音を聞いて、八戒は深い溜息をこぼした。 「どうします? 三蔵。 二人共“あっち側”に行っちゃいましたよ?」 ・・・と、お互いの顔を見て薄く笑った。 「だってねぇ、あんまり可愛く脅えてくれるものですから・・・・・vv つい♪」 薄く笑いながら、ライターを取り出して新しい煙草に火をつける三蔵に――そういえば・・・と、八戒が手を打った。 「――本当に害はないんですか、アレ?」 (そりゃそうなんですがねぇ・・・) でもまぁ。 八戒は僅かに苦笑して、肩に乗っている白竜を撫でた。
◆◇
その頃。
「・・・・・こ、ここまで・・・くれば・・・大丈夫か?」 古い洋館らしいホコリ臭い廊下の真ん中で、俺達は途方に暮れて辺りを見渡した。 「・・・こんな場所に・・・人形?」 悟空の言葉に、嫌な汗が背中を滴った。 「げぇぇぇ――ッ!!」 ――俺達の悲鳴が重なる中、動き始めた人形が甲高い声でしゃべリ始めた。 『ワタシ ○カチャン♪ カワイイ デ ショウ? 』
『・・・デモネ 呪ワレテ イルノ♪」
(ははぁ〜ん・・・な〜る程? 足が一本多いのは呪いのせいなのか・・・?) なぁ〜んて、悠長に突っ込み入れてる場合じゃねぇ〜だろぉぉ〜〜が、俺ぇぇッ?! ――バキャッ! 「ひぃぃぃッ!!!こ、こ、こぉ〜〜ンの馬鹿ザル〜〜ッ!! 呪われてるって自己申告している人形相手に、攻撃してどうするんだぁぁ?!」 云いたくもない泣き言を叫んで、とにかくバラバラになった人形から逃げ出すことにしたが――既に遅かったようだ。 「髪伸ばしてんじゃねぇ〜〜〜ッ!!」<号泣! 今度は三本足だけでなく、髪は伸ばすわ、口は裂けてるわ、血みどろだわ・・・で、手に負えない。 「あ!あれ! 悟浄! 壁!――壁になんか、書いてある!」 ――見ると、赤い色で書かれた文字らしいものがあった。 『 この先を 左に 進め 』
その先にも次々文字が現われた。 『 真っ直ぐ行って 』 『 まだだよ 』
『 あと二つ 角を曲がって 赤い扉 』
息が上がってきて、限界を感じ始めた時だったせいか。 「って――オイ! まさか素直にあける気じゃないだろうなッ?! 絶対何かあるって――悟空っ!」 止めろぉ〜〜!
・・・大きく開かれた扉。
そして――次に。 パパパ、パパパパン!!と、何かが破裂する音が連続して聞こえた。 「うわぁぁぁぁ!!」 バラバラバラ・・・――と、頭の上に何かが降り注ぐ。 『 ハ・ズ・レ ♪ 』 の、文字。
ショックで沈んだ俺達の耳に、追いついて来た呪われた「○カちゃん人形」の声が響き続けている。 そこにも、何か文字が書かれてあった。 『 うしろ を 振り向いたら 駄目だよ? 』
すでにもう――振り返っちゃってたんだよなぁ・・・。ふふふ・・・ふふ・・・。 あはははははは〜ん?
─― 数瞬後。 真っ暗な廊下に、俺達の悲鳴が轟き渡ったのであった。
・・・遠のく意識の片隅で。 実に楽しそうな子供の笑い声を聞いた気がした。
◆◇
「あ、悟浄!気がつきましたか?」 軽快に走るジープの振動に、薄っすらと眼が覚めてきた。 「ビックリしましたよ〜、朝になって起きたら玄関の前で引っくり返っているんですから、二人共!」 フツフツと湧き上がる怒りに髪を逆立てながら、俺は最大の疑問をぶつけてみた。 「・・・ってことは、八戒。お前達は――その・・・何にもされなかったのか?」 「・・・・・・・・・」 何だろう? 喉まで出掛かった疑惑に首を傾げた。(悟空はまだ腹の上で魘されている。) 「だが・・・まぁ・・・そうだな――伝言があったぞ?」 余程間抜けな顔をしたのか、八戒が気の毒そうに俺を見た。 「えっと・・・『本気で驚いてくれて、一生懸命逃げてくれたり、とっても楽しかったです。たくさん、たくさん遊べました――もう、思い残す事はありません』でしたっけ、三蔵?」 「ほら、昨日、あの屋敷に居た『先客のお嬢さん』・・・らしいですよ。 病気療養にあの別荘で住んでいたらしいんですが、同じ年頃の友達と遊ぶ事も出来ないまま――小さい頃に屋敷で亡くなったらしくて・・・ずっと、寂しい思いをしていたようです」 ・・・そういうと、眩しい位の微笑みを向けられた。 「おかげで、僕もジープもぐっすり眠れましたよ♪ 何しろ、今回の野宿は結構キツくて・・・」 普段より肌の色艶がイイ二人の微笑みが、なけなしの根性を叩き折っていく。 (コイツ等、俺達を犠牲にしておいてノンビリ休んでやがったんだな・・・) ふら・・・と昨夜からの貧血(?)状態がぶり返す。 その先で、三蔵と八戒の満面の微笑みを見たような気がしたのは――幻だったと思いたい。
仲間とか、友情とか・・・信頼とか。 ウ〜〜ン、ウ〜〜ンと、まだ魘されている悟空の頭に手をやりつつ。
そして、最後に――。 俺って、なんでコイツ等と組んで旅をしてたんだっけ?・・・と。
眼を閉じて、再び昏倒した二人を乗せて。 ――何事もなかったかのように、今日も旅はつづく。
終劇? |
2006年 8月(改稿)
肝試し的な話は、暑い時が一番ですよね?(笑)
★本当にお待たせしました、michikoさん!<土下座。
殆ど出来ていたというのに、とうとう2年くらいはお待たせしてしまったんじゃないでしょうか?
593番ヒットリク、幽霊屋敷のドタバタものとして、楽しく喜んで貰えるお話を・・・と考えたのに。
こんな半端なコメディになってしまったのが気になって、どうしても自分の中でOKサインを出すことができませんでした;
インパクトが弱すぎて、面白くも何ともないような気がしたんです;
改稿したこの作品も、リクエストに添えているのか甚だ疑問ではありますが、謹んで進呈します。
いつも悟浄を不幸にさせてごめんなさい。
(似合い過ぎる貴方も罪ね?)
ちなみに、寺院時代三蔵の付き合いで、幽霊現象が起こるトコロ(屋敷とか)にも一緒に行っちゃって、
怖い経験を積んでしまったらしい悟空が書けて、すこし楽しかったです。(笑)
おそらく、怯える顔が見たくてワザと連れ回したんじゃないだろうか? この生臭坊主。
それでは、少しでも楽しんで貰えるコトを祈って。<心から。
返品もOKですから、お気軽に!(^^;)
<みつまめ様 作>
みつまめ様のサイト「みつまめBOX」で593のキリ番を踏んだ記念に書いて頂きました。
洋館、幽霊、人形…お約束のアイテムにこうまで怖がる悟浄と悟空の姿に本当に楽しませて頂きました。
八戒のそこはかとなく(いや、絶対に)悟浄が怯える姿を楽しんでる姿や、
泣きそうになってる悟空の可愛さを人の悪い笑みを浮かべながら楽しんでる三蔵の姿を思っては、
二人とも鬼だなあと思いつつ、これが堪らなく可愛く見えてるんだろうなあって頷いてしまいました。
悟浄が幽霊を怖がるようになった理由ってきっと、八戒の怪談話を夏の夜毎に聞かされた所為だと思いました。
でもこれって、八戒の計画通りって気がします。
三蔵もきっと、八戒に入れ知恵されたに決まってると思います。
怖がらせるように画策したに決まってます。
だって、うるうると目を潤ませて三蔵に縋るような視線を向けて、怖くないって意地貼ってる悟空は可愛いじゃないですか〜(笑)
きっと、この後しばらくは悟浄も悟空も八戒や三蔵に懐かないかもですねv
みつまめさん、可哀想だけど可愛く、楽しいお話をありがとうございました。
うふふ…幸せ〜vv