The First Noel




――分かれ道。

右に曲がると寺院のある町への道に。
左に曲がると、町外れにある八戒と悟浄の住む家の道へと繋がっている。


降りだした雪は、まだ積もるほどではなく。
道に落ちるとすぐに溶けていった。
静かに音が吸い込まれていくような暗い景色の中。

深く被ったコートに、薄く雪を積もらせた三蔵が歩いてくる。





「――三蔵!!」
「!」

夜道に似合わない、明るく弾む声が響いた。
大きく手を振った悟空の姿が、闇の中・・・そこだけ火を灯したように浮かんでいる。

「お前、こんな所で何してる? 河童の家で待ってたんじゃねーのか?」
「ン! 待ってたんだけど・・・なんか、ソロソロ三蔵が来るような気がしてさぁ、迎えに来た!!」
「行き違ったらどうするつもりだ。馬鹿ザル!」
「・・・だって、ココまでは一本道じゃん? だからさ、ココで待ってたらゼッテー間違わないって!」
「――八戒も、そう言ったのか?」
「うん。ほら、雪避けのコートも貸してくれた!」
「・・・そうか」
「うん!」

鼻の頭を少し紅くしておきながら、得意気に笑う悟空を見て。
三蔵の固く結ばれていた口元が綻んだ。

「えっと、・・・三蔵!お帰りなさい!! んで、お疲れ様!」
「・・・あぁ・・・」

年末に向けてタダでさえ忙しくなる時期に、重なった風邪の流行。
体力と抵抗力が落ちていた、子供と年嵩の人間が悪性のソレに次々と倒れていって――。
結果、『三蔵様』の出番が急増する事となった。
ほとんど休めていなかった三蔵を心配していた子供の愁眉が、ようやく安心したように開かれた。

実際、今夜行った出先の屋敷からも、今日中に帰ってこられるのか怪しいくらいで。
降りだした雪を理由に、散々引き止められるのを無理に振り切って・・・ようやく戻って来たのだ。


この子供が笑う顔が見たくて――と。
口には出さないまま、三蔵は悟空のコートに積もった雪を払ってやった。







「・・・それから、ありがとう、・・・三蔵」

三蔵が無理を重ねて帰ってきてくれた事を察して、悟空が恥ずかしそうに云う。

――約束。
随分前にした自分との約束を、守ってくれた事が嬉しくて。
そうっと、三蔵の胸元に頭を寄せた。
冷たいコート越しに、三蔵の心臓の音が聞こえる気がする。
煙草の残り香を深く吸い込むと――ひどく暖かいような気分になった。
そんな風に、胸元でゴロゴロと甘えるように頬を擦り付けてきた子供を強引に引き離して。

「・・・こんな所に突っ立ってると、そのうち凍えるぞ」

三蔵は、代わりに手を差し出した。
伸ばされた手を見て、悟空が花が咲くように笑う。

「・・・えへへ。 じゃ・・・早く八戒のトコ行って、暖ったまろうな!」

ギュッと掴んだ手を放されないのが嬉しくて、夜の静けさに励まされるように。
――三蔵の隣にぴったりと寄り添って静かに歩きだした。







そうして左の道に入って、しばらく歩いた頃。


「誰か、くる」

ハッとしたように、悟空が三蔵の腕に伏せていた顔を上げた。
今来たばかりの、隣の町へ続く一本道に耳を澄ませ、金の瞳を光らせる。
三蔵も釣られたように闇の向こうに、眼を凝らした。

しばらくすると、三蔵の耳にもはっきりと馬のひずめの音が聞こえ始めた。


「――そちらにおわすのは、玄奘三蔵殿であられますか?」
「・・・・・・・あぁ」

コートから覗く金糸に確信を滲ませた声が、騎乗の相手から発せられる。
空馬を1頭、余分に引き連れている相手に嫌な予感がした。
案の定、相手は今日の式典で三蔵が書くべきだった書類を一枚、主人がうっかり出し忘れていた事を告げた。

「それなら・・・明日にでも、書簡を届けりゃ済むだろうが?」
「そう云う訳にもいかないのです。私は必ず三蔵様をお連れするように言いつかっただけですから・・・」

不機嫌を露わにした三蔵に、顔色を変えながらも――膝に額が付いてしまいそうなほど深く拝んでくる使者に、自然と足が止まってしまう。
そんな律儀そうな相手を見て、悟空は静かに三蔵の袖を引いた。

「あのさ、俺・・・もう大丈夫だからさ、三蔵行ってあげてよ?」
「・・・・・・・」
「約束、覚えてくれてて・・・。 んで、戻ってきてくれただけで、もう充分なんだ」
「・・・・・・・・・・」
「な、三蔵」
「――分かった・・・」

澄んだ、綺麗な瞳が静かに三蔵を見上げていた。
ほんの少し、苦しげに黙った三蔵は低く呟くと、男の連れてきた馬に乗った。
そして、連れ立って一本道を引き返す背中に、「気をつけて」と小さく声を掛けて。

悟空は八戒の待っている家に戻ることにした。










                   ◇◇










「三蔵・・・、それで戻って行ってしまったんですか?」
「うん」

台所でミルクを温めながらソレを聞いた八戒は、僅かに眉を顰めた。

「でも・・・あんなに楽しみに待っていたのに、良かったんですか? 悟空?」
「――ん、内心、絶対戻って来られないと思ってたから、俺。それなのに、三蔵は忘れずに覚えててくれて・・・帰って来てくれたんだなぁ〜って思ったら、何か・・・すっごく嬉しくて・・・それでもう満足できちゃったみたいv」
「そう・・・ですか・・・」

さっきまで。
戻る気配のない三蔵を、ションボリとして待っていた時とは違う明るい表情に、八戒はホッとする。
それと、同時に――。

『クリスマスくらい、好きな相手には我侭を言ったって良いんだぜ〜!』
『一緒にすごしたいの〜♪・・・とかさぁ〜?』
――と笑いながら、入れ知恵した同居人を殴りつけたい気分になった。
(その張本人は・・・と言うと、昨日から無断外泊を続けていて、この家には戻ってきていない。)


「遅いのに、付き合ってくれてありがとうな? 八戒」
「・・・・・・悟空」

丸く満ちた月のような瞳が、こんな大人びた表情を見せるようになったのは何時だったか。
ごく最近のような気もするし、もっと前からだったかもしれない。
ただ、三蔵との関係で特に彼を成長させる出来事があったのは確かだと、八戒は確信していた。

だから。

“恋人になって、最初のクリスマス”くらいは。
――二人でゆっくり過したって、仏罰は当たらないのになぁ・・・と思うのだ。


「じゃ・・・、これを飲んだら休みましょうか?」
「うんv」

気づかれないように小さくため息を吐いた八戒は、いたわる様に微笑んで。
悟空の為にハチミツで甘くしたホットミルクを、たっぷりと注いであげたのだった。









               ◇◇









蒼い宝石のようにキラキラと頭上で瞬く光を、金の瞳が静かに見上げていた。
空気が寒く澄んでいるせいか、この季節の星は特に美しく映る。

“寝付けなくて、散歩に抜け出した。”
――そんな理由が八戒に通用するとは思わないけど。

どうしてか、じっと寝床に蹲っている事ができなかったのだ。
さっき借りたばかりのコートをまた羽織って、あの一本道までを静かに歩いていく。
霜の降り始めた道には、悟空の足跡だけがポツポツと残された。
光の粒が散っている夜空を見上げながら、白い息を吐く。

・・・そろそろ役目を終えたサンタも、自分の家に帰った頃だろうか。
舞い落ちてくる白い雪を見つめて、悟空はふぅーと息を吐いた。
この雪が怖くて泣いていた日々が嘘のようだ、と。


「会いたい、な・・・」

降る雪が、未練がましいその声を吸い込んでくれる事を祈りながら。





もう一度。



「・・・会いたいなぁ・・・」

呟いた。









分かれ道。

右に曲がると寺院のある町への道へ。
左に曲がれば、こんな情けない自分でも優しく受け入れてくれる人の住む家への道へ。

その丁度真ん中に立って。
悟空はどちらへも踏み出せない足を持て余して――俯いた。
その耳に。
遠くから・・・空耳とは思えない、馬の足音が確かに聞こえてきた。
振り返るのが怖くて、ジッとしたまま――耳だけを必死に澄ましていると――、やがてソレは一番会いたかった人の気配を連れて来た。




「お前――なんで・・・ここにいる?」

驚いたような、怒ったような低い声が頭に落ちてくる。
たまらず振り返ると、馬に乗った三蔵が見えた。

「さん、ぞぉ・・・・・」
「八戒の所に帰ってたんじゃないのか?」

云いながらスルリと馬から下りた三蔵が、手綱を取ったまま悟空に近づくと少し乱暴に冷えた頬を撫でた。

「あ、うん・・・帰った・・・よ?」
「――なら、なんでまた出てきた?」
「えと・・・わ、かんない・・・」

だって、ソレは本当に衝動だったのだ。
一人で部屋に居るのが、たまらなく嫌になって・・・気が付いたら家を抜け出していた。

「・・・さ――三蔵は、どうして?」

今夜は向こうの屋敷で休むものだとばかり思っていた。
・・・なのに、今。
どうしてココにいるんだろう? 
後数時間もすれば、夜が明けてしまうような時間なのに・・・。
僅かに首をかしげた悟空を見て、三蔵は少しの間押し黙って――さっき、別れる時に見せた――苦しげな表情をした。

「――約束、しただろうが」
「でも・・・それは、さっきちゃんと帰ってきてくれたから――」

大丈夫だよ?と。
そう言って笑ったのに。

――三蔵は、ますます形の良い眉を顰めた。


「ちょっと前までは、俺がどんなに“我慢して大人しくしてろ”と怒鳴っても、構わず騒いでいた癖に・・・」
「――ご、ごめん・・・」
「・・・違う。そうじゃねぇだろ?」

本当の事だからと真面目に反省する悟空に、三蔵がイラついたように舌打ちをした。
ビクッと、悟空の身体が震える。
そして、手綱を放した三蔵に身体ごと引き寄せられたと思ったら、少し乱暴に口づられた。
押し付けるようにしてすぐに離れた唇を、追うようにして悟空は三蔵を見上げる。


「・・・さ、んぞ?」
「今、テメーがどんな顔しているかも分からねぇーようなサルの癖に。
 いきなり物分りが良くなったフリをしてるんじゃねーよ」

夜空の星よりも、強い光を放つ紫暗の瞳。
それが鼻先が触れそうな位置で、滲む金の瞳と絡み合った。

――そして。
今度は優しい口づけが落とされた。
温さを伝えるようなソレに、小さくわななき始めた悟空の唇から、堪えきらない嗚咽が漏れ出した。
金瞳から零れ落ちた涙が、ボロボロ頬を伝って落ちていく。

こわばっていた身体から力が抜けていくのを見て、三蔵の瞳がホッと和らいだ。



「だ、・・・だって・・・さんぞ、・・・こま、困らせ・・・っ、たく、・・・ないしっ」
「―――分かってる」

逸らされる事のない紫暗が、悟空に続きを促した。

「それ、に、・・・これは、・・・俺、だけの・・・っ、我侭だって・・・思うし」

毎年、暮れにかけての三蔵が、どれだけ忙しく疲れているかを知っているから――。
ただ一緒に居たいとか。
一緒にご飯が食べたかったとか。
ずっとそばに居て欲しいとかって気持ちが、先走りそうになっても・・・。
重荷になりたくなかったら、我慢するしかない。

・・・それでも寂しくて。
悟浄から聞いた『クリスマス』の一晩くらいなら、そんな子供っぽい我侭も許されるような気がした。

だから、あの夜に口にした約束という名の、願い事は。
無理にでも戻ってきてくれた三蔵を見て――もう、叶えられたと思っていたのだ。
――神様だって、そんなに暇じゃないんだから・・・と自分に言い聞かせて。


「無理、ゆって・・・き・・・、嫌われたく・・・ない・・・しっ・・・!」

笑うしかなかった――と。
泣きじゃくりながら言葉を紡ぐ悟空の、震える身体を抱きしめた。

確かに弱音を吐かれたとしても、どうしようも出来なかっただろう・・・と思う。
だが、次第に隠し事を増やしていく子供をこのままにしておいたら、いつか本当に大事な時にすら気づかぬまま。
――眼の前から、この存在を失くしてしまいそうな恐怖に襲われた。

だから、どうしても――この“約束”は守らなければと、思ったのだ。



「今日の約束は“お前だけ”の我侭じゃねぇーんだよ」
「ッ・・・ク?」
「俺が、会いたかった」
「・・・・・・・さん、ぞ」
「会いたかったんだ」

分かれ道の真ん中で、一人で立ち尽くしたままにしておきたくなかった。
もう一度、嬉しそうに笑わせてみたかった。
すっぽりと包み込んだ筈の体はすっかり冷たかったが、それでも暖かな日向の香りがした。

・・・良かった。
大丈夫――まだ、ここにいる。

ゆっくり、ゆっくり、背中に回される腕を感じて――三蔵は心から安堵した。




「・・・っ、三蔵」

声が震えているのは、ここが寒いからだろうか。
その冷えた耳朶に唇を押し当てながら。


「悟空・・・」

三蔵は、できるだけ優しくその名を呼んだ。




 ――スン、と鼻を鳴らした悟空は、やっと涙を止めた。









                 ◇◇









「さんぞ、あの馬・・・放しちゃって良かったのか?」
「・・・あぁ。良く躾けられている馬だから放って置かれても、自分の馬屋に戻っていくそうだ」

離れがたい想いで繋がれた手のひらから、体温を伝えあう。
ゆっくりとした歩調で、二人は右の道へと歩き出した。

「あの、あのさ・・・明日、は?」
「・・・サボり」
「いいの?」
「もう、“明日”になっちまっただろうが」
「そうだけど」
「イブじゃないと、一緒にいたくねぇーのか?」
「・・・・・・・!!」

意地悪な問いに、悟空は顔を真っ赤にしてブンブンと音がしそうなくらい頭を振る。
三蔵は楽しそうにそのこげ茶の髪をクシャリと撫でた。
・・・久しぶりに悟空が見る、三蔵の笑顔だった。

言葉にできない嬉しさに、胸が一杯になって何もいえなくなった悟空がギュウギュウ抱き付くいてくる。
それを、笑いながら引き寄せた三蔵は――。



「――なら、ずっと傍にいろ」

・・・と、小さく囁いた。






大きく金瞳を見開いた悟空は、三蔵の法衣を握り締めたまま。

雪が溶けるような笑顔を浮かべた。






おしまい
2006年 クリスマス用?(遅くなりました)

――クリスマスは休業しても、カミサマが頑張ってくれるよね?




 

◇あとがき◇

『恋人同士がイチャイチャする日=クリスマス』という、腐女子の基本に立ち帰ってみました。
(ある企画の甘いお話を読んでいたら、こう・・・自分でも甘い二人に浸ってみたくなった・・・とも言う。<照;)

初めて身体の関係が出来た年の、可愛いオネダリ。
三蔵が、三蔵でなければ容易く叶うことかもしれませんが、その辺はねぇ?←オイ。
クリスマスには一緒にいたいなぁ――って、ダメモトで口にした悟空と。
密かに、それ位は叶えてやりたいと思っていた三蔵様。
――に、なるように頑張ってみました。(苦笑)
なんか、何か違うような気もしますが・・・;

そうそう、八戒さんはいなくなっている悟空に驚くと思いますが、戻ってこないあたりからひょっとして・・・?と察してくれると思います。
後で怒られるだろうけど、まぁ大目に見てくれる人です。
無断外泊の悟浄は、2,3日こき使われるでしょう。<彼なりに気を使った結果なんですけどねぇ;
まぁ、大掃除も忙しいし丁度イイかと。

◆賛美歌の題名(?)からタイトルを取りましたが「最初のクリスマス」程度のイメージだと思ってください;
 浮かぶ日本語タイトルがすべて恥ずかしかったから、逃げました; 

最後に、クリスマス企画のお話を頂いたお礼に、この話はmichikoさんにv
気に入って下さって、ありがとうございました♪

返品もOKですから、お気軽に!(^^;)

 




<みつまめ様 作>

みつまめ様から差し上げた「Holy Night」のお礼にと頂きました。
いいのでしょうか?
みつまめ様が描いていらしゃった吸血鬼悟空の絵とその設定「面食いな吸血鬼悟空」に勝手に萌えて、
勝手にノリノリで描いてしまったお話をこれまた、勝手に押し付けたというのに。
こういうのを「エビでタイを釣る」ということなんでしょうね。
でかした、私(←オイ;)
雪の日の夜、仕事に出掛けた三蔵を健気に待つ悟空の愛らしさと、迷惑をかけたくないと我慢する悟空のいじらしさが切なくて。
でも、約束を果たそうと、守ろうと頑張る三蔵も優しくて、寒い雪の夜がほんわりと温かくなりました。
優しくて、静かで、甘くて切ないお話です。
みつまめ様、本当にありがとうございました。
私は、幸せですv

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