クリスマスの夜に
――500年と、少しだけ前のクリスマスの夜―― 天界の、ある部屋。
「金蝉〜、このケーキ、サンタさんがいないよぉ!!」 悲鳴のような子供の声がした。 「ははぁ〜ん、金蝉。お前チビスケの喜びそうなケーキ屋に入れなくて、別の店で買ったなぁ〜?」 そう云ってニヤニヤと嫌な笑いを浮かべたのはー―。 ――が。 まったくもってその通りなのである。 悟空に強請り落とされて、『クリスマスケーキ』などというモノを買いに出たのは良いが、女、子供が「キャアv キャアvv」と騒がしく並んでいるケーキ屋に足を踏み入れる勇気のなかった金蝉は、悩んだ末に大人のテイストを「売り」にしている、ケーキ屋に入ったのである。 有名なパティシエが腕によりを掛けた生クリームのデコレーション、そして散らばる高級フルーツの数々。 ――つまり。 子供が喜ぶような、鈴の付いたヒイラギの葉っぱや、「いかにも!」な、クリスマスチョコプレートや、トナカイに乗ったサンタ人形等は、欠片も乗っていないのである。 「ケーキに変わりねぇーだろ。贅沢言うな!」 実は、本人も気が咎めていたポイントを突かれた為、思わず何時もの調子で怒鳴ってしまう。 結局。 こうして年末の忙しい最中に、ワザワザ少ない時間を割いてまで、パーティを開いているのであった。 飾りつけは、天蓬元帥に責任を取らせる意味で手伝わせた。(悟空も喜んでやった) ――結果・・・、天蓬の妙なコレクションの一部まで一緒に飾られてしまった為、今や金蝉の私室は、有り得ない様な不可思議な空間に成り果てている――。 (クリスマスツリーにモアイ像や、カーネル君が絡まっているのは、どう見ても可笑しいだろう?)
「・・・まぁ、そうガッカリするなよ、チビ。サンタさんがそのケーキに乗っていないのは、今、準備中だからだ!」 メイン料理の七面鳥が幅を利かせているテーブルの上に肘をついて観世音菩薩は意味あり気に、己の甥に視線を向けた。 ――ザワッっと、嫌な悪寒が走る。 「何を――」 企んでいる!?――と口に出す前に、菩薩がパチン!と指を鳴らした。 ・・・すると「バサッ」という音がして、何かが天井から金蝉の上に落ちてきた。 「!?」 感触から云って、布なのは間違いない。 ――ただし、只の布の訳がない!(直感だ。) 驚いている隙に、黒子(くろこ)の衣装を着た数人の男(?)達が現れ、金蝉の動きを奪う。 金蝉は布に視界を塞がれながらも、菩薩を睨もうとして・・・そこに次郎神君がいるのに気がついた。 いつ現れたのだろう? その、どこか哀れむような視線には、見覚えがあった。
――昔―― そう、本人も記憶に蓋をして、忘れかけた子供の頃・・・。 それは決まって、観世音菩薩の着せ替えゴッコの『人形』役を押し付けられて、逃げようとした時だった。 「おぉ!可愛いぜ、金蝉v やっぱ、こーゆーのは似合う奴が、着るもんだよなぁ〜!」 ケラケラと笑いながら、自分では着る気もないワンピース等を手に入れては――嬉しそうに遊びに来るのである。 まったく抵抗も出来ずに、ぼんやりとされるがままになっていた頃・・・。 (恐らく、止めたくても出来ない、我が身を哀れむ瞳だ。)
・・・と、甘酸っぱくも何ともない追憶の日々を脳裏に浮かべている間に、『着替え』はすんだらしい。
「ほ〜ら!チビのお待ちかねの“金蝉サンタ”だぜぃ!」
――お気楽、極楽な声がする。 顔をあげるのも癪だが、己で確認しない事には恐ろしくて居たたまれない。 「金蝉〜カッコ良い〜〜!!」 「・・・・・・・・・。」 飛び跳ねるようにして、悟空が誉めるだけあって、想像していた程は酷くなかった。
菩薩の見立てだろう・・・。 昔も、だが――不思議と“似合わない服”を着せられた事はないのだ。 今、金蝉を包んでいる服も。 赤は赤でも、落ち着いた色だし、サンタが着る程にダボダボした上着でもない。
「な? 似合うだろう〜。探したんだぜぇ!」 偉そうにウィンクを投げかける菩薩に、悟空がはしゃぐ。 「うんv 金蝉がサンタさんだったんだね!良かった〜ぁv 俺、知らない人より、金蝉が良いもん!」 「―――!」 ニコニコと、曇りのない笑顔を向けられて、すぐにも脱ぎたい衝動が薄れてしまう。 「・・・良かったなぁ、金蝉。こんなに好かれてよぉ。」 ――コッソリと耳打ちする菩薩は、誰よりも“お祭り”が好きだった。 「んで、もう一つ。俺様からのプレゼントがあるんだよ、チビ。」 ――開いた口が塞がらず、出遅れた金蝉の前で会話は進む。 「ば、馬鹿サルがぁ! 何でこんなモン着たがる!」 慌てて止めようとした金蝉を振り返って、悟空は悪びれずに笑う。 「・・・・・・・・!」
「――――――どこがだぁぁっ!!」
もはや額どころか、顔中に青筋をたてた金蝉が怒鳴る。 「いくら俺でも、その言葉がすでに死語だって事くらい分かるぞっ!!」 サンタの衣装よりも顔を赤くして怒鳴る姿を見ていた悟空が、少し寂しげに眼を伏せた。 「あ〜ぁ。金蝉が苛めたぁ〜♪」 ・・・元凶の叔母が背後で囃したてる。
金蝉は悟空の頭を撫でた。 「!」 顔を輝かせて、そのラッピングされた袋に飛びついた悟空に、再び現れた黒子(くろこ)がソレを着せる。 そして――。 「おぉv 可愛いな〜チビ!これで金蝉とペアルックだ!」 赤い子供用のサンタの衣装(なぜか半ズボンタイプ)に身を包んだ悟空が現れた。 ふわふわの白の縁取りも可愛らしく、オプションの白い大きな袋も良い具合に似合っている。 「えへ〜v 似合う?似合う?金蝉!」 金蝉の前で、嬉しそうにクルッとターンして見せる。 (サルの小さな脳味噌は今、「金蝉とお揃いv」という言葉で埋まっているに違いない。) 「・・・・・・。」 まぁなー―と、口にしようとした時。 「? ・・・金蝉?」 急に黙ってしまった金蝉を、金色の瞳が見上げてくる。 「・・・おい、ババァ。 ――いや、慈悲と慈愛の神様?」 かすかに眼を眇めて、観世音菩薩は己の甥を見やった。
まったく、良いオトーサンになったもんだねぇ〜・・・と、口には出さずに態度に出して、ニヤリっ、と笑った。 「よし、チビ! 一晩だけだが、この自愛と慈悲で溢れている俺様が『クリスマスの奇跡』ってのを、見せてやるぜ!!」 「――キセキ?」 「まぁ、ちょっと眼を閉じてろ。」 そう云って、素直に眼を閉じた悟空に付けられた、チビサンタには似合わない鎖に手を翳す。
ゴトン、ゴトッ。
鈍い音を立てて、手首からも、足首からも鎖が外れて床に落ちた。 「?」 急に軽くなった身体に驚いて、悟空が恐る恐る、瞳を開ける。 「メリークリスマス・・・だな? 悟空。」 同じ衣装の、帽子が揺れている。 「スゲー・・・ッ。」 その腕に抱き上げられて、見下ろす視界にクリスマススターが見える。 「・・・ほんとに、これでお揃いだね? 金蝉。」 そうして、言葉に出来ないくらい幸せそうに笑う子供と過ごした夜。
―――クリスマスの『奇跡』が起きた日のお話――
《おしまい》 |
<みつまめ様 作>
みつまめ様に、思いも掛けずこんな素敵なクリスマスのお話を頂いてしまいました。
悟空が無邪気で可愛いく、悟空に甘い金蝉のパパッぷりに、顔がにやけます。
優しい時間が、金蝉と悟空の間にあったのだと思うだけで、幸せになりました。
みつまめ様、素敵なお話をありがとうございました。
うふふ…幸せです。