骨の唄
グシャ・・・、という音と共に相手の身体が崩れ落ちた。
「最・・・悪、くっっ!!」 ほぼ隣り合わせになって囲まれた相手を叩きのめしていた悟浄が、顔を歪めて同意した。 「何時もながら、時を選ばずに遊びに来る刺客サン達の相手には慣れましたが・・・コレはちょっと・・・頂けないですねぇ・・・ッ!」 怒鳴り声と共に、崩れかけた身体が飛び散った。
一度は倒した相手が、ゾンビのように再び立ち上がっては向かってくる。 墓に埋もれていた筈の、半ば骸骨になりかけていた亡者達までが土から這い出して襲って来たのだ。
・・・そして。
「あぁッ〜〜〜!! ――終った、終ったぁ!! 煙草を銜えて、ヤレヤレと早速一服する悟浄と三蔵。 「最初の予定では、ゆっくり町に入れる筈だったんですけどねぇ・・・。」 もう動かない敵の残骸に目をやった八戒もため息を吐いた。
紅く空を染め始めている太陽が、三人の影を地面に伸ばす。
「悟空?・・・何かありましたか?」 肩を抱くようにして悟浄がウィンクを投げた。 「うわっ!! スゲー馬鹿にしてる言い方〜悟浄ッ!」 勿論、そんな大人げのない聞き方に、素直に応える悟空ではない。 「煩せぇ、話が進まんだろうが! 悟空――。」 三蔵に名前を呼ばれて、悟空は気まずく金瞳を揺らした。 「・・・まぁまぁ、三蔵それくらいにしておきましょう。 やんわりと微笑まれて、悟空も気を取り直したか――照れた様に笑うとその場は収められた。
「――で? 何が気になった訳よ?」 ひとまずあの惨状から遠ざかって、一息ついたらしい悟浄が横から悟空の頭を突付いた。 「・・・・・・骨。」 何しろ、半分腐りかけたのやら、骨の露出しているヤツやらだったからな・・・と、悟浄の脳裏に思い出したくもないモンばかりが思い浮かんだ。 「――どんな形なんですか?」 語彙が足りない悟空は、自分の手足を使って何とかそれを表現して見せる。 「あ、そうだ! 寺院にいた頃、坊さん達が広間でよくやってたのに似てた!」 そこまで聞いて、初めて三蔵が前を向いたまま呟いた。 「あ、そうそう! そんな感じ!」 うん、うん!! 「――ほら前にさ、八戎と一緒に金閣のヒョウタンの中に閉じ込められたじゃん? 意味ありげに悟浄へと視線を送った八戎が、ニッコリと笑いながら惚けてみせた。 「・・・ソレはソレは・・・。どうもモウシワケアリマセン、でした〜。」 ヒョウタンに吸い込まれる原因を作った男は、青くなってワタワタと煙草に救いを求めた。 「でさぁ? あれ、何の骨?」 そう云って、身を乗り出していた悟空の喉元を三蔵は指先で押さえた。 「あぁ! ・・・〈喉仏〉ですか!」 三蔵の指した具体的な部分に、やっと名称を思い出した八戎が相槌を打った。 「ノドボトケ??」 悟浄が自分の喉元を押さえながら、口笛を鳴らした。 「火葬にでも立ち会わないと、普段は滅多に眼にしない骨ですからねぇ〜」 昔、村の葬式で骨壷にソレを納めていた事を思い出して、八戒がのんびりと呟いた。 「・・・じゃあさ――俺にもあんの?」 三蔵に触れられた喉をそっと撫でながら、悟空は首を捻った。 「ええ、悟空はまだ目立っていませんが・・・ある程度の歳になると、自然に喉元に出てくるんですよ。」 すっかり教師と生徒のような会話になっていくのに、悟浄が笑った。 「形が“仏”に似ているから、喉仏――と云われている。」 その八戎の説明に、三蔵が少し補足する。 だが、会話はそこで途切れてしまい、また僅かに沈黙が降りた。
「・・・で? ソレの何が気になったんだ? お前は。」 何時もならすでに忘れ去っているだろう骨の形に、何をこだわっているのか? 「・・・なにって・・・特に何もないけど・・・。 「あれが――祈っているように見えたのか?」
手の平を合わせて。
「・・・骨になってまでさ、何を願ってんのかなぁ?」 ポツリ、とそれは独り言のように風に流れた。
「・・・生きているうちに叶わなかった、ナニカ・・・ですかねぇ?」 その中に含まれた真摯な響きに、八戒が答えを探した。 「そりゃお前、骨になっても叶えたい願い事の一つや二つ、あるでしょ〜♪ 男ならよ!」 真面目に耳を傾けかけた八戎の横で、悟浄がニヤニヤと笑う。 『死ぬなら、綺麗なオネェーサンの腹の上が良かったぜ!』 「・・・貴方は長生きしますねぇ・・・きっと。」 冷ややかな声が、新たな弾の装填音と共に聞こえる。 「遠慮しときま〜す♪」 ケラケラと銜え煙草で笑いながら、ついでにこげ茶の頭もかき回した。
すると。
「じゃあさ・・・俺のも、最後はあんな風に祈ってるのかな?」 ・・・怖いほど純粋な金色をした瞳が、一つの問いを浮かべた。
心に残る、後悔か。 でも、何を? 悟空がそう思う時、決まって浮かぶのはあの暗い岩牢からの光景だった。 望まないものばかりが見えたあの場所で、もしも――この躯が朽ち果てていたら――。 ・・・最後にどんな「願い」を唄うのだろう、と。
そこまで考えて悟空はふと、前方を見た。
・・・いつだったか。 小さな手を引かれてあの山を降りた時も、こんな風に彼の後姿を見つめていた気がする。
――今も。
追いかけている気がする。 どれだけ走ったとしても。 あの骨を見た時から胸の中で燻っていたモヤモヤが、光に溶けていった。
「・・・おい。馬鹿ザルがいくら考ても無駄だって、いい加減にわかれよ?」 神妙な顔つきで、ジープに乗っている三人を見渡し始めた悟空に、三蔵が毒づいた。 「三蔵・・・。」 八戒が咎めるように横を見たものの、真剣な瞳で見つめられるのが――居心地が悪かったのも事実だった。 「たかが骨だろうが。そんなに叶えたいモンでも、」
「ないよ、俺。」
不機嫌な三蔵の声を遮るように。 「・・・・・・?」 何に満足したのか。
「俺が死んでも、あの骨は残んないよ、きっと。」 ――強く断言するその表情は、少し大人びて見えた。
まだ悟空に、自分でも知らない〈願い〉が残っていたとしても。
時にもろくて、時に何より強く輝く金の瞳が持っている。
「そうですかぁ・・・。悟空は笑って大往生するタイプなんですねぇ。」 悟空のそんな笑顔に、言葉に出来ないような安堵と――なぜか喜びに似た気持ちに包まれて笑ってしまった。
「な、なんだよ! みんなして急に笑って!!」 イキナリな反応に、悟空が真っ赤になっている。 「あぁっ!? 三蔵も? 笑ってる??」 すっかりいつもの調子に戻った悟空が、馬鹿にされたと思ったか頬を膨らましたがすぐに笑顔になった。 夕闇の先に僅かに見える、悟空の喉元にある骨が。
もしも。
最後に残されたとしても。
――祈る形はしていないだろうと。
だって。 彼の願いなら。
僕等がきっと。 一緒にいて、叶えている筈だから。
あの骨は――唄わない。
〈終〉 |
久しぶりに、基本に戻って書いてみました〜。(笑)
原作ベースの三人で、私のイメージ(趣味)が溢れているので恥ずかしい・・・。
これ、年末におじさんのお葬式に行って・・・もろもろの形式を済ませている時に浮かんでしまって・・・。
(不謹慎ですみません・・・。)
カミサマ編が終わった後で、そこそこ皆の強さの基本が出来ている感じで。
揺るがないナニカを表現したかったです。(無理っぽいですが)
深いところで中心にいる悟空でいて欲しいです。
三人の原動力でいて欲しいなっと。
<みつまめ様 作>
みつまめ様に、サイト開設三周年のお祝いにこんな素敵なお話を頂いてしまいました。
悟空が男前で、悟空の何処か切ない願いに胸が痛いです。
悟空の思いはきっと三蔵にも悟浄にも八戒にもちゃんと届いていて、きちんと受けとめて貰っていると思いました。
みつまめ様、素敵なお話をありがとうございました。
うふふ…幸せものです。