骨の唄




グシャ・・・、という音と共に相手の身体が崩れ落ちた。
叩きつけた如意棒から伝わる、そのグズグズに溶けたような肉隗の感触にゾッとする。

「最・・・悪、くっっ!!」
「――同感ッ!」

ほぼ隣り合わせになって囲まれた相手を叩きのめしていた悟浄が、顔を歪めて同意した。
恐らく、ほんの少し離れて応戦している八戎や三蔵も同じ意見に違いない。

「何時もながら、時を選ばずに遊びに来る刺客サン達の相手には慣れましたが・・・コレはちょっと・・・頂けないですねぇ・・・ッ!」
「ぼやいている間に、・・・コイツ等を操っているヤツを探せ!!」
「うわ〜、三蔵様ってば、横暴ぉ〜!」
「うるせぇ!」

怒鳴り声と共に、崩れかけた身体が飛び散った。
今回、三蔵一行を襲ってきた今回の妖怪は、どうやら他人の身体を自由に操る事が出来るらしかった。



――それも操る相手が生きているか否かに関係なく――だ。


一度は倒した相手が、ゾンビのように再び立ち上がっては向かってくる。
しかも、場所が悪かった。
近くにある村の墓場が傍の森の奥にあったのだ。

墓に埋もれていた筈の、半ば骸骨になりかけていた亡者達までが土から這い出して襲って来たのだ。
腐りかけた肉や、剥き出しの骨が・・・見た目にも最凶最悪だった。
銃や気功法で防げる八戎や三蔵と違って、武器を通して生々しく感じてしまうその腐敗した感触に、悟空と悟浄は顔を顰めて元凶の妖怪を探し始めた。




 ・・・そして。


いかにもそんな策を労する小者らしく、最後まで物陰の後ろに隠れていた〈操術者〉は二人に引きずり出され――。
早々に三蔵の銃によって二度と蘇る事のない、あの世へと送られたのだった。








「あぁッ〜〜〜!! ――終った、終ったぁ!!
 超ぉぉッ、ご苦労様〜ってか?」
「ええ、流石に今回は・・・疲れましたねぇ;」 

 煙草を銜えて、ヤレヤレと早速一服する悟浄と三蔵。

「最初の予定では、ゆっくり町に入れる筈だったんですけどねぇ・・・。」

 もう動かない敵の残骸に目をやった八戒もため息を吐いた。




紅く空を染め始めている太陽が、三人の影を地面に伸ばす。
そして、ジープへ戻りかけた八戎は、骨と化した骸の転がる地面を見つめている悟空に気がついた。




「悟空?・・・何かありましたか?」
「え・・・! あ、うん、何でも――ない。」
「嘘付け〜、美味い喰いモンが落ちてるわけで無し・・・何を真剣に見てたんだか?
 言ってみろよ、聞くだけは聞いてやるぜ? 仔ザルちゃん。」

 肩を抱くようにして悟浄がウィンクを投げた。

「うわっ!! スゲー馬鹿にしてる言い方〜悟浄ッ!」

 勿論、そんな大人げのない聞き方に、素直に応える悟空ではない。
 そして――いつもの口げんかに発展する直前。

「煩せぇ、話が進まんだろうが! 悟空――。」
「・・・・・・う。」

 三蔵に名前を呼ばれて、悟空は気まずく金瞳を揺らした。
 それでも、珍しく口を開かない悟空に八戒は苦笑して提案をした。

「・・・まぁまぁ、三蔵それくらいにしておきましょう。
 ――ジープで移動しながらで良いですから、後で聞かせてくれますか? 悟空。」

やんわりと微笑まれて、悟空も気を取り直したか――照れた様に笑うとその場は収められた。
そして、そのまま四人はジープに乗って、闇が近づく前に次の町を目指す事になった。







           ◇◇




「――で? 何が気になった訳よ?」

 ひとまずあの惨状から遠ざかって、一息ついたらしい悟浄が横から悟空の頭を突付いた。
 ・・・正直な話、この子供に大人しくされるのが苦手なのだ。
 走るジープの上で、何を考え込んでいるのか妙に静かにしていた悟空が、突付かれてやっと迷惑そうな視線を正面に向けた。

「・・・・・・骨。」
「はぁ?」
「ヘンな形の骨が、あったんだ。」
「・・・あったっけな?」

 何しろ、半分腐りかけたのやら、骨の露出しているヤツやらだったからな・・・と、悟浄の脳裏に思い出したくもないモンばかりが思い浮かんだ。

「――どんな形なんですか?」
「えと、こんな感じで、足を胡座に組んで・・・お祈りしているみたいに――こう、手を合わせてる感じの。」

 語彙が足りない悟空は、自分の手足を使って何とかそれを表現して見せる。
 サイドミラー越しにそれを確認していた八戒も、すぐには心当たりが付かなくて首を捻った。

「あ、そうだ! 寺院にいた頃、坊さん達が広間でよくやってたのに似てた!」
「・・・合掌・・・か・・・?」

 そこまで聞いて、初めて三蔵が前を向いたまま呟いた。

「あ、そうそう! そんな感じ!」

 うん、うん!!
 ――と頷きながら、悟空が八戎に向き直った。

「――ほら前にさ、八戎と一緒に金閣のヒョウタンの中に閉じ込められたじゃん?
 あそこにも転がってて・・・けど、今日見てやっと思い出したんだ。何の骨なのかな〜って、ずっと気になってさぁ。」
「そう、でしたっけ・・・? 何しろ骨だらけでしたから・・・アソコは。」

 意味ありげに悟浄へと視線を送った八戎が、ニッコリと笑いながら惚けてみせた。
 今だに記憶に新しい出来事だったにも拘わらず・・・だ。

「・・・ソレはソレは・・・。どうもモウシワケアリマセン、でした〜。」

 ヒョウタンに吸い込まれる原因を作った男は、青くなってワタワタと煙草に救いを求めた。
 不味い話題に脂汗を流す悟浄の横で、悟空が再び三蔵を見た。

「でさぁ? あれ、何の骨?」
「――人間の骨だ。」
「うそ! あんなヘンな形の骨、何処にあんの?」
「・・・ココだ。」

そう云って、身を乗り出していた悟空の喉元を三蔵は指先で押さえた。
まだ微かにしか現れてない、ソコ。
一瞬触れただけですぐに離れていく指先を、悟空が無意識に追った。

「あぁ! ・・・〈喉仏〉ですか!」

 三蔵の指した具体的な部分に、やっと名称を思い出した八戎が相槌を打った。

「ノドボトケ??」
「ええ、おそらく喉仏の骨ですよ、それ。」
「へぇぇ!? んな形してんのか? ・・・知らなかったぜ!」

 悟浄が自分の喉元を押さえながら、口笛を鳴らした。

「火葬にでも立ち会わないと、普段は滅多に眼にしない骨ですからねぇ〜」

 昔、村の葬式で骨壷にソレを納めていた事を思い出して、八戒がのんびりと呟いた。

「・・・じゃあさ――俺にもあんの?」

 三蔵に触れられた喉をそっと撫でながら、悟空は首を捻った。

「ええ、悟空はまだ目立っていませんが・・・ある程度の歳になると、自然に喉元に出てくるんですよ。」
「そっかぁ・・・あんな形・・・してんだぁ・・・。」
「肋骨やなんかと違って、一人に一個しかない骨なんですよ。」

 すっかり教師と生徒のような会話になっていくのに、悟浄が笑った。

「形が“仏”に似ているから、喉仏――と云われている。」

 その八戎の説明に、三蔵が少し補足する。

 だが、会話はそこで途切れてしまい、また僅かに沈黙が降りた。




「・・・で? ソレの何が気になったんだ? お前は。」
「―――――。」

 何時もならすでに忘れ去っているだろう骨の形に、何をこだわっているのか?
 僅かに紫暗を眇めながら、三蔵は背後の気配を探った。

「・・・なにって・・・特に何もないけど・・・。
 けど、何であんなに一生懸命に――“お祈り”してるんだろうって・・・思っただけなんだ。」

「あれが――祈っているように見えたのか?」
「うん。」



 手の平を合わせて。
 何かに一心に祈るヒトの姿に酷似している――骨。



「・・・骨になってまでさ、何を願ってんのかなぁ?」

 ポツリ、とそれは独り言のように風に流れた。




「・・・生きているうちに叶わなかった、ナニカ・・・ですかねぇ?」

 その中に含まれた真摯な響きに、八戒が答えを探した。

「そりゃお前、骨になっても叶えたい願い事の一つや二つ、あるでしょ〜♪ 男ならよ!」

 真面目に耳を傾けかけた八戎の横で、悟浄がニヤニヤと笑う。

『死ぬなら、綺麗なオネェーサンの腹の上が良かったぜ!』
 ――と、言い残しそうな悟浄の顔を見て、八戎は呆れて溜息を漏らした。

「・・・貴方は長生きしますねぇ・・・きっと。」
「当たり前だろ? こんなイイ男が死んだら、世の美女が流した涙で世界が沈むぜ。」
「・・・今すぐあの世に送ってやっても良いんだぞ?」

 冷ややかな声が、新たな弾の装填音と共に聞こえる。

「遠慮しときま〜す♪」

 ケラケラと銜え煙草で笑いながら、ついでにこげ茶の頭もかき回した。




 すると。




「じゃあさ・・・俺のも、最後はあんな風に祈ってるのかな?」

 ・・・怖いほど純粋な金色をした瞳が、一つの問いを浮かべた。




 ――何かを。



心に残る、後悔か。
叶わなかったナニカを、返して欲しいという願いが――あのカタチになるんだろうか。

でも、何を?
骨になってまで、何を?
祈るのか?
それとも願うのか?

悟空がそう思う時、決まって浮かぶのはあの暗い岩牢からの光景だった。

望まないものばかりが見えたあの場所で、もしも――この躯が朽ち果てていたら――。
残った小さなあの骨は。

・・・最後にどんな「願い」を唄うのだろう、と。




そこまで考えて悟空はふと、前方を見た。
地平線に消えそうになっている夕日に、ジープに座っている三蔵の髪が煌めくように揺れていた。




・・・いつだったか。

小さな手を引かれてあの山を降りた時も、こんな風に彼の後姿を見つめていた気がする。
とにかく離れたくなくて。
瞳を反らすのが勿体無いくらい、綺麗で。
目印のように輝くその光を見失わないように・・・一生懸命に後を付いて歩いた。



 ――今も。



 追いかけている気がする。
あの時、繋いでいた指先が見えないだけで。

どれだけ走ったとしても。
大事なものは、変わらずにそこにあるんじゃないか――?
そう思った途端に。

あの骨を見た時から胸の中で燻っていたモヤモヤが、光に溶けていった。







「・・・おい。馬鹿ザルがいくら考ても無駄だって、いい加減にわかれよ?」

 神妙な顔つきで、ジープに乗っている三人を見渡し始めた悟空に、三蔵が毒づいた。

「三蔵・・・。」

 八戒が咎めるように横を見たものの、真剣な瞳で見つめられるのが――居心地が悪かったのも事実だった。

「たかが骨だろうが。そんなに叶えたいモンでも、」
「――ないよ。」
「あ・・・?」



「ないよ、俺。」



 不機嫌な三蔵の声を遮るように。
 やけにサッパリとした顔で、悟空が言った。

「・・・・・・?」
「たぶん、一番の望みはもう叶ってるって思うし。」

 何に満足したのか。
 ひどく嬉しそうな笑顔は、昔に戻ったようにあどけないくせに。



「俺が死んでも、あの骨は残んないよ、きっと。」

 ――強く断言するその表情は、少し大人びて見えた。





 おそらく。

まだ悟空に、自分でも知らない〈願い〉が残っていたとしても。
この子供はきっと。



  ――骨になる前に叶えてしまうだろう。



 時にもろくて、時に何より強く輝く金の瞳が持っている。
 ・・・揺るがない、そのチカラで。





            ◇◇




「そうですかぁ・・・。悟空は笑って大往生するタイプなんですねぇ。」
「ま、もっともお前に心残りがあるとしても、『もっと肉まん喰ってりゃ良かった〜!』ってくらいだろ〜しなぁ?」
「・・・バカザルらしいな。」

悟空のそんな笑顔に、言葉に出来ないような安堵と――なぜか喜びに似た気持ちに包まれて笑ってしまった。
沈黙していた時の暗く迷った瞳が、嘘のように明るくなって三人を見ている。
・・・そんな事が嬉しくて、浮かんでくる笑みが抑えられない。



「な、なんだよ! みんなして急に笑って!!」
「笑ってませんよぉ?」
「うそだぁ〜!」

 イキナリな反応に、悟空が真っ赤になっている。

「あぁっ!? 三蔵も? 笑ってる??」
「・・・さぁ、な。」

すっかりいつもの調子に戻った悟空が、馬鹿にされたと思ったか頬を膨らましたがすぐに笑顔になった。
いつもと同じように騒がしく、腹が減った〜と騒ぎ出した後ろ二人を宥めながら思う。

夕闇の先に僅かに見える、悟空の喉元にある骨が。



もしも。



最後に残されたとしても。





 ――祈る形はしていないだろうと。









だって。

彼の願いなら。
生きているうちに、全部。



 僕等がきっと。

一緒にいて、叶えている筈だから。








           あの骨は――唄わない。








                          〈終〉




久しぶりに、基本に戻って書いてみました〜。(笑)
原作ベースの三人で、私のイメージ(趣味)が溢れているので恥ずかしい・・・。

これ、年末におじさんのお葬式に行って・・・もろもろの形式を済ませている時に浮かんでしまって・・・。
(不謹慎ですみません・・・。)
カミサマ編が終わった後で、そこそこ皆の強さの基本が出来ている感じで。
揺るがないナニカを表現したかったです。(無理っぽいですが)

深いところで中心にいる悟空でいて欲しいです。
三人の原動力でいて欲しいなっと。




<みつまめ様 作>

みつまめ様に、サイト開設三周年のお祝いにこんな素敵なお話を頂いてしまいました。
悟空が男前で、悟空の何処か切ない願いに胸が痛いです。
悟空の思いはきっと三蔵にも悟浄にも八戒にもちゃんと届いていて、きちんと受けとめて貰っていると思いました。
みつまめ様、素敵なお話をありがとうございました。

うふふ…幸せものです。

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