Tu-Ba-Sa
人の背丈よりも大きな装飾花瓶。
東洋ガラスのキリコ細工。
壁一面の大きな絵画。
屋敷の主が案内した特別室は、異国からの輸入品らしき品物が所狭しと並べられていた。
――そして。
異国から連れてこられたと分かる、様々な種類の鳥たち。
赤、黄色、緑、極彩色の羽が籠の中に舞う。
生気に乏しい、“生きた装飾品”だった。
――極め付けは、最後に案内されたガラスケースに入れられていた。
三蔵も写真でしか見たことがなかったが、・・・孔雀と呼ばれる鳥だったはず。
広げられた尾羽は、装飾品にもないような美しさだった。
金色が全体に煌めき、紫や赤、オレンジへと色が配されて銀色に光っていたが・・・。
すでに、二度と羽ばたく事もできない、――剥製にされていた。
“生きていた”頃の瞳の代わりに、埋め込まれた宝石が三蔵を見ている。
綺麗すぎて――虚ろな姿。
胸糞悪りぃ・・・。
上機嫌でそれらの案内をする男の影で、三蔵はきつく眉を顰めた。
だが――。
自慢げにコレクションを披露している主が、なぜ『三蔵』だけでなく、その養い子である悟空までを招待したのかが――漸く理解できた。
・・・寺院では忌み嫌われる金の瞳を持つ“妖怪”のことを、この男が知らない訳がない。
それを「是非ご一緒に・・・」などと持ちかけてきたのには、何か別の意図があるのだ――と。
――そう思ったからこそ、今回の招待の裏に隠されているものが知りたくて、わざと誘いに乗って来た訳だが・・・。
ハッキリ言って、拍子抜けだった。
・・・何のことはない。
この男は、ただ――“珍しいもの”が見たかったのだ。
最年少で『三蔵法師』の名をついだ、見た目も僧侶とは掛け離れているという噂の『三蔵』様と――。
その三蔵が庇護しているらしい――吉凶の源である、『金晴眼』を持つという――“妖怪の子供”を、その眼で見てみたかっただけなのだろう。
単純な動機だが、その為に寺院からの要請でも滅多に招待なぞ受けない、偏屈でも有名な三蔵を動かしたのだから・・・たいした手腕と云えるかもしれない。
(金も掛かったろうが、珍しい二人を同じテーブルに並べて食事をするという快挙を成し遂げたのだから。)
・・・今ならあの満足そうな笑みの正体も納得できる。
この世に二つと有り得ない、金の瞳はさぞ収集欲を刺激したことだろう。
観賞用には、申し分ない事だし・・・。
さすがに、二人揃って捕まえて――この部屋のコレクションにする訳にもいかないだろうが。
噂以上に整った容姿と、美しい紫暗の瞳に艶やかな金色の髪をした年若い『三蔵』様と。
綺麗とは云えないが、小柄で可愛らしい印象が強い子供の――吸い込まれそうな『金晴眼』をその眼にできたのだ。
大いに自尊心は満たされたに違いない。
好奇心から輝いていた目の色を勘ぐりすぎた自分が、なんとも間抜けで・・・情けない。
屋敷に入る前の緊張感が抜けて、思わずため息になった。
■□
「おい――俺の連れはどこだ?」
「まぁ、三蔵様! 御用事はお済になりましたか?
お連れ様なら、その・・・少し具合が悪くなられたようで――あちらの部屋で休んでいらっしゃいます。」
「・・・・・・案内してくれ。」
悟空を待たせてある筈の部屋に戻ると、その本人が居なかった。
変だな・・・と廊下に出たところで、この屋敷で二人の給仕に当たっていた女が戻ってきた三蔵に気づいて、ホッとしたように隣の部屋の方へ案内した。
悟空は俺が主人と話している間、暇つぶしにさっきの部屋に案内されていたらしい。
一緒に出た食事会でも、主が取り寄せたとか云う珍しい料理や、西洋菓子が出されて――悟空は喜んで食べていた。
だから――特に、何かあったとも思えないのだが。
・・・なにか、食べ物にでもあたったか?
アイツが?
いぶかしく思いながら案内された部屋を開けると、中央にあるテーブルとセットのソファーの大きな方に、子供が横たわっていた。
額に濡れたタオルが当てられている。
「おい、悟空。」
「・・・さ、んぞ・・・?」
常にないグッタリとした様子に、眉を顰めた。
「――何があった?」
「え?・・・なんも?」
「バカ、何もなくて、そんな風になるか!」
三蔵に気づき、上体を起こそうとしているのを手伝いながら言うと、悟空は本気で不思議そうに首を傾げた。
「・・・でも、何もなかったよ?
けど、何か急に目の前が暗くなって、気持ち悪くなってきちゃって・・・。」
「・・・? 貧血でも起こしたのか?」
そう云えば、触れた肌が酷く冷たい。
さっきの女がしてくれたのか、足元にはクッションが置いてあり、足をそこに乗せられるようにしてあった。
上着も苦しくない程度に緩められてあるが、冷や汗が酷い。
(招待された――という手前、ちゃんとした仕立ての服を着せていたのだが、苦しかったのかキツイ皺が寄っている。)
「ヒンケツ・・・?って、何?」
「――もういい。あんまり頭を使うなって事だ。」
それでも、貧血の「ひ」の字も知らねぇようなサルが、こんな風に弱々しいところを見せるのは珍しい。
無意識に三蔵の袖を握っている手が震えていた。
「・・・良くわかんないけど、俺、ちゃんと大人しくしてたんだぜ?
面白いものがあるからって、綺麗なモノがいっぱいある部屋にも案内して貰ったし・・・。なんでかなぁ・・・?」
「――じゃあ、アレをお前も見たんだな?」
「うん。綺麗だったねぇ〜。」
「・・・っんとに、バカだな。」
「なんでだよぉ〜。」
体の不調が、その案内された部屋の中にあったのだとは思わない子供が、しきりに首をひねっている。
「あんな趣味の悪いモン見りゃ、気分も悪くなるって言ってんだよ。」
「・・・趣味・・・悪いの?」
「あぁ、俺に言わせりゃ、最悪だね。」
「そっかな・・・? 綺麗だと思ったけど?」
「綺麗でも――生かされているだけなら、クズだろ。」
ようやく体を起こしてソファーに座った子供が、隣に腰をおろした三蔵を見あげた。
屋敷にいる間は禁煙のつもりだったが、無性に腹立たしい気分が収まらず、隠しておいた煙草を取り出した。
もう見慣れたその三蔵の姿と、かすかに漂う煙草のニオイに――どこか緊張していた悟空の肩から力が抜ける。
・・・震えていた指先からも、緊張が抜けた。
「俺、あの鳥・・・生きてるのかと思った・・・。」
「ただの剥製だ。」
「ハクセイ・・・っての?」
「あぁ。生きていた時と変わらない姿のまま保存できるようにした技術で、姿だけを残せる。」
「・・・・・ずっと?」
「ずっとだ。」
肩を落とし、ジッと足元に視線をそそぐ。
唇が乾くのか、しきりに舐めているのが気になった。
「他のも・・・繋がれてたね・・・。」
「世話をしないと、生きていけねぇー種類の鳥だからな。」
「――でも、何か・・・寂しそうだったよ?」
「オスばっかりだったからじゃねぇか?」
「・・・・・?」
「あれだけ綺麗な羽根をしているのは、大抵がオスなんだよ。だが、あそこに居たのはほとんどが一匹だったろ?
どんなに綺麗でも、ソレを見せてつがう相手(メス)がいないなら・・・寂しいのも当たり前かもな・・・。」
綺麗な羽根を持っていた・・・と云うだけで、遠い異国に連れてこられたんだ。
――寂しいだけではないだろう。
吐き出した煙が、静かに消えるのを金の瞳がぼんやりと見ている。
こんな空調まで管理されている屋敷で――主人の観賞の為だけに世話をされ――生かされている鳥たち。
剥製にされていなくても、死んだような目をしていた。
・・・勘の鋭い子供は、そんなイキモノの苦痛に敏感だった。
たとえば――夏の盛り。
寺院の中にも、裏山にも沢山いる虫でさえ、虫かごに入れて飼うのを嫌がる子供。
そんなヤツがあんな風に、足に鎖をつけられて・・・ただ飼われている鳥を見て、平気でいられる筈がないのだ。
(しかも、・・・飛ぶために必要な風切羽すら用心の為か、切り落とされていたのだ。)
おそらく・・・体が無意識に拒絶したのだろう。
子供に自覚がないのが、一番厄介だ。
「最後の鳥・・・すげ―綺麗だったけど。
じっと見てたら何か・・・急に息が苦しくなって・・・目の前が暗くなって足がガクガクして・・・。。」
「・・・・・・。」
俯いたままの子供が、酷くかすれた声で話しだした。
「それでフラフラしてたら、案内してくれてたお姉さんがココに連れてきてくれて・・・三蔵を待ってたんだけど。
目を閉じて、開けたらさ――暗い柱みたいな影が見えて・・・それって・・・まるでアソコの中に居た時みたいだったんだ。」
そう思ったら――どんどん気持ち悪くなっちゃって・・・っ。
口元を押さえて堪えようとしている悟空の瞳から、とうとう我慢できなかった涙が床に落ちた。
「お、俺は、さんぞーに外に出して貰ったけど、ホントだったのかな・・・・って。」
「・・・・・・。」
「ほんとは、さっきまで怖くて・・・目が開けらんなかった。」
小さく、ごめんなさいと呟きながら――しゃくりあげて泣きはじめた。
三蔵が、泣かれるのが苦手な事を知っている子供は、滅多な事では三蔵の前で泣いたりしなかった。
だからと言って、我慢されて笑われるのは――もっと嫌だったのだが。
どうしてやる事もできず――三蔵はこげ茶の頭を片手で抱きこんで、ひと時の嵐が去るのを待った。
こんな風に。
今だに雪を怖がるように――。
長い年月の間に、子供に深く刻まれたままの傷跡は、こんな些細なきっかけで血を流す事があって――。
その度に、もって行き場のない苛立ちが生まれる。
「本当に、てめぇはバカだな。無理して泣くのを我慢しようとするから、そうやって体に反動がくるんだよ。」
「・・・・・・。」
震える背中がひどく頼りないのに腹が立って、言いがかりのような言葉が口をついた。
「不安になったら、とっとと呼べ。俺の名前は知っているだろうが。」
「・・・・・煩いって、いうじゃん・・・。」
「――まぁな。」
泣いた痕を見られるのを嫌がって、しきりに目元をこすりながらも悟空は自分で起き上がった。
そうして、ようやくまともに三蔵に視線を合わせる。
「なんか・・・それ、ずりぃ。」
「そうか?」
薄く笑ってやると、眩しいものでも見たかのように瞳を眇めて呟いた。
「でも、さんぞーってなんか、スゲ―なぁ。」
「・・・あ?」
「キラキラしてて、眩しくて――」
「――――?」
「さっきまで、目の前にうっすら見えてた・・・あの影みたいなのが、三蔵を見てたら――消えちゃった。」
フニャ、と気の抜けたような笑みを浮かべて、赤くなった目元をまた擦った。
そして、僅かに視線をおとす。
「・・・アイツ、これからも一人なのかな?」
「たぶんな。」
あの美しい羽根を見せる相手もいないまま――虚しくあの場所で羽根を広げ続けるのだろう。
・・・あの主人が飽きるまでは。
「俺は、ずっと・・・三蔵って呼んでて、いい?」
「今更だろ―――サル。」
迎えに行くまで、しつこく呼び続けていたくせに。
「そ・・・だね。」
真っ直ぐに見つめてくる瞳に、ゆっくりと光が戻ってきた。
エヘヘ・・・と、照れたように笑って立ち上がる。
こうして。
ひとしきり泣いた後は、また強く――先を行こうと、前を向く強さを持っているから・・・。
だから、三蔵も安心して側に置いておけるのだ。
自分の持てる強さで、羽ばたこうとするから。
こんなにも――美しいと感じるのだろう。
ふと、鳥の羽音が聞こえた気がして――三蔵は、窓に区切られた青い空に視線をやった。
遠い空に、白い羽根が見える。
そうだ・・・。
どんなに綺麗でも。
――孔雀の羽根では、空は飛べないことを教えてやろうか。
『終』
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何時か書きたかった話です。
こういう、拾われてまだ寂しいのが怖かった頃のお話は、早めに書いておかねば〜〜と;
(すでに何年寝かせたお話か・・・考えるのも怖いです。)
招待主のニヤニヤ顔は、さぞや気持ち悪かっただろうと推察。
でも、悟空のためにちょっと我慢。
おぉ! この頃の方が、大人だな三蔵!?(驚き!)
・・・書けてすっきりしました。
michikoさん、貰ってくださってありがとう〜vv
みつまめより。
2004年 8月23日(改稿)
<みつまめ様 作>
みつまめ様に、素敵なお話を頂いてしまいました。
三蔵と一緒に招待されたお屋敷で見た動物達の剥製や繋がれた鳥達を見た悟空が、無意識のうちに傷ついて。
計り知れない孤独な時間が悟空に付けた傷の深さに、三蔵は無力な自分に唇を噛んで。
泣くのを堪えて笑う悟空の笑顔の痛さと切なさ、そしてそれを包もうとする三蔵の不器用な優しさに胸がほんわりとします。
いつも笑って居て欲しい。
泣くのを我慢しないで欲しい。
三蔵の願いは読んでる私の願いでもあって。
思いのままに笑い、泣いて、いつでも素直な気持ちで居て欲しいと思いました。
みつまめ様、素敵なお話をありがとうございました。
うふふ…幸せものです。
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