スイート注意報 〜八戒&悟浄より〜
こう長く旅と続けていますとね、イベント日と云うのも当然やって来るんですよねぇ。
以前も、新年をジープの上で明かした事もありましたし、桜の花見も見知らぬ土地で済ませました。
そして、今日。
・・・来ましたね、とうとうこの日が。
恋人たちのパラダイス?って言うんですか?アレですよ、アレ。
菓子屋の陰謀、「バレンタインデー」ですよ。
――なんで気がついたかって?
それはですね、三蔵が・・・あの三蔵が寄り道に寄っただけの町で、ワザワザ喫茶店に入ったからですよ。
お昼ごはんも済ませた筈なのに・・・です。
何かあると思うでしょう?
そして、その疑惑を裏付けるように、三蔵の目の前にチョコケーキが運ばれてきました。
これはもう――他人のフリを開始するしかないですね・・・。
あの悟浄ですら、からかいもせずにアサッテを向いて、軽く口笛なんかを吹いて気を紛らわせています。
和菓子なら兎も角。ケーキ。
しかもチョコですよ?
判りやすい人ですねぇ・・・。
「あ、三蔵、いいなぁ〜ケーキだ!」
「お前も注文してるくせに、人のものを狙うな。」
「チェーッ!」
ぱくぱくぱく。
元気に食べている悟空。
そして、注文したわりに、フォークの進んでいない三蔵。
それでも、小さな物なので何とか食べ終えたようだった。
そして、悟空のお皿に残された、大切なチョコプレート。
飾りに使われている、可愛らしいハート型のソレ。
最後まで残して、楽しみに食べるつもりなのでしょうね。可愛いものです。
そして、悟空がその楽しみにフォークを伸ばす直前に――。
ひょい。
――パク。
「あぁ!」
三蔵が手を出して食べてしまいました。
狙っていましたね・・・アレは。ええ。
僕には見え見えですけど。
「なんだ?」
「ズリィー楽しみにしてたのに〜!三蔵の方こそ狙ってたんじゃね―か!」
プンプン。
本気で怒りたくても、相手が三蔵なだけに半分拗ねたような顔になっているだけだ。
「構わねぇーだろ? チョコ一枚くらい。」
「でも、楽しみにしてたんだよぉ・・・。ピーナッツも入ってたし・・・;」
「フン。なら、来月――マシュマロで返してやる。」
「??・・・来月?」
「あぁ。」
そこですぐに閃かない辺りが可愛いんですよね、悟空。
少し頬を緩めた三蔵の横顔を見ながら、僕は思わず溜息を一つ吐いてしまいました。
修行が足りませんね;
ほんの暫くの沈黙の後。
――ポン!と、風船が破裂するような勢いで、悟空の顔が赤くなりました。
漸く、彼の意図に気づいたようです。
「な・・・、なんだよ。もう。
――だったらさ、・・・その・・・全部あげたのに・・・さ。」
モゴモゴと、消えそうなくらいの声で悟空が囁いています。
僕等に聴こえないようにという配慮なのでしょうけど、ごめんなさい。聞こえました。
悟浄はもう、煙草を噛み切るような勢いで咥えています。
ええ、そうでしょう。
この場所からサッサと逃げたいですよね?
そして、この恋人達だけの空間にしてあげたいですよね?
でも、悲しいかな、四人旅なんですよ。(泣)
早く天竺に着くと良いですねぇ・・・、ええ。
三蔵はどうだか知りませんが。
テーブルの下から伸ばした手で、悟空の手を優しく握ったりしているんですよ。
見せ付けたいんですか? 見せ付けたいんですよね?(乾いた笑い)
幸せさんですものね?
ふふ。
まったく、いい天気ですねぇ。
平和ですよ。
・・・なのに、今、この時、何時もの刺客サン達が来てくれないかな?・・・なんて真剣に考えちゃってます。
忍耐強いと思っていたんですけどね・・・僕・・・。
***************
この旅暮らしが始まってからずっと「流れ者」生活をしているせいか、イベントの日に疎くなってしまっていけねぇよな・・・。
何しろ、俺達の噂を聞いて待ち伏せしてくれるのは「敵さん」であって、腕にチョコを抱えた可愛い女の子ではないのである。
あぁ・・・今日も虚しく、一日が終わるのか・・・。
――が、悟空の様子がおかしい。
さっき寄った喫茶店で、甘いオヤツを詰め込んだせいだ――と思っていたんだが。
「・・・オイ、猿。どうした、眠いのか?」
「う?・・・ン〜、違う。なんか頭がボーとするというか、クラクラする・・・?」
「――クラクラぁ??」
うぅ〜ん、顔も赤いかな?
ホレ・・・と、肩を貸してやると、ヤケに素直に頭を預けてきた。
ン・・・? なんか、匂う・・・ぞ??
甘い・・・アルコール系の・・・・・・え?アルコール?酒??!
――困った事に、この時、俺は「ピ――ン!!」とキテしまったのだ。
そして、その閃きのまま顔を上げて、助手席に座っている三蔵と目があってしまった!
一瞬、交じり合った紫暗の視線は雄弁だった。
「具合が悪いのか? しかたねぇな・・・、今日は特別だ――席を替われ。」
「・・・・・・・・チ。」
「いいよな?」
いかにも親切な風を装って、三蔵は強引に俺に席を代わらせた。
あぁ・・・またか・・・。また始まるのか・・・コイツ等・・・。(泣)
俺は確信した。きっと、アレだ。
あのチョコケーキの仕業だ。
三蔵がチョコプレートを奪った、あの最後のチョコケーキ。
あれ、よく考えたら・・・三蔵が注文してたよな?
恐らく、ブランデーか、ジンか・・・ともかく酒の原料が混ざっているのを選んだに違いないぜ。
(お子様な舌を誤魔化せる程度の量なんだろうけど。)
「う・・・ん。さんぞー・・・。」
「・・・ん?」
「ふわふわして・・・ねぇ、気持ちいい・・・♪」
「大人しく寝てろ。」
「・・・うんv」
――酔ってるよ!
しっかり酔ってるぜッ、コイツ!
三蔵! お前もなに楽しそうに頬染めて、膝枕なんかしてやっている訳??
そ、そんなに野宿が辛かったんですか??
刺客続きで潤いがないのは、俺達も一緒なのを忘れてはいませんか?
さっきの喫茶店で、充〜分〜に補充したんじゃなかったんですかねぇ?
しっかりイチャついてたじゃないかよ?? 足りないのか?
あれだけやっても足りないってのか?!
・・・助手席に変わったせいか、すぐ隣の運転席から恐ろしく冷え冷えとしたオーラを感じるのですが?
気のせいだって言ってくれませんか、誰かッ?
この際、菩薩様でいいぜ!!
「間接キッス」という恥辱に耐えてまで、三蔵に大量輸血をして命を救ったという俺の過去の偉業に対して、そろそろ報いてくれても良いのではないでしょうかね?
だって、ジープの進路がおかしいんです。
明らかに横道にそれているんです。
しかも・・・水音が聞こえてきました。
コレって・・・このまま行くとヤバクないですか、八戒さん。
か、川に・・・飛び込んじゃいませんかね?
なぁ――もしもし?
そりゃ、俺も「ちったぁー頭冷やしやがれ!!」て思ってるけどよ・・・さすがに・・・なぁ?
はは・・・は・・・。
その間にも、ジープはガタガタと荒々しく森を突き進んでいく。
「えへへv」
呂律の回らない声の、照れ笑いが聞こえる・・・。
そんな――嬉しそうに、悟空の髪を撫でている場合じゃねーだろうよ?
(蕩けそうな顔して、膝に乗り上げているサルは無意識だから可愛いが。)
・・・知らねぇぞ?
逃げるぞ? 逃げさせていただきます。
あと木を三つ越えた辺りがチャンスだと思うんで、飛び降りさせてください。
それくらいは良いよな?
何たって今日はバレンタインだもんな〜?
ハハハ〜? ハッピーか〜い??
んじゃーなッ!
「おしまい」
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