迷い子




秋の気配が強まる前の――ぽかぽか暖かい陽射しが気持ち良くって、風の匂いに誘われたのか。
久しぶりに三蔵が、町に繰り出した。



お散歩、お散歩♪



うっかり口に出ちゃいそう。
嬉しいなぁv

久しぶりに、一緒だ。



寺院への口実は、切れた煙草の補充だったけど。
――本当は・・・俺がずっと寂しそうにしていたからだと思う。

秋雨が長く続いて、三蔵の背中ばっかり見ていると・・・鼻の奥がツンと痛くなっちゃうんだ。
もう少し我慢できると思ったんだけど、ごめんね。



だけど。

久しぶりのお日様に、二人一緒のお出掛けv
今日は長袖の白いシャツを着た三蔵が、後ろからついてくる。



――それだけでワクワクと、足が弾むように石畳を蹴った。







嬉しいな♪

肉まん買って。
揚げゴマ団子買って。
月餅買って。

最後は一緒に、葛きり食べたいなぁ〜♪



忙しく口の中のモノを咀嚼しながら、三蔵のお気に入りのお店に向かう。
そこは杏仁豆腐も美味いんだよなv







その時――。



長い金色に光る髪が目の前を横切った。

陽気に誘われた人だかりの中での、一瞬の色の交差。
振り向いた時には、残像すら消えていた。



背の高い男だった。
白っぽい服を着ていた。

印象に残ったのは――それだけ。




・・・なのに、心臓がギュッと痛くなった。
冷たい手で触れられたみたいに、ドクドクと暴れ出す痛み。



――気が付いた時にはもう、走り出していた。
右に曲がって、左に折れて・・・出店の少ない裏通りにの奥にまで、その後姿を捜す。


頭の中が、長い金の髪でいっぱいだった。




何処に行ったっけ?
誰だっけ?




そんな事も分からないのに、瞳が探すのを止められない。
細い路地と路地を覗きながら走る。
ハァハァ、息も切れてきた。



ヒラヒラと揺れる、金の色。

長い、金糸。
白い服に――瞳は・・・えぇっと、何色だったっけ?

遠く、遠く、幻のように揺らめく金色。




――背の高かった後姿だけを頼りに走り続けた。

夢中になって、周りを良く見ないでいたから、行き止まりの横道から出てきた男とぶつかりそうになった。
ハッとして、ごめんなさい――って言いながら見上げた先に、淡い栗色の髪を首の後ろで一つに纏めた青年が立っていた。

今まで必死で捜していた人物、だった。
呆然として、青年の顔を見詰めた。



見た時と同じ服――だけど、髪の色が・・・全然違う。



なんで?
そう思った時。

彼の長い髪が、眩しい太陽の光に透けて輝いた。




――金の色。

光に透けて――淡い栗色の髪がまるで・・・金糸のように。





立ち尽くしている悟空を見詰める瞳は、優しげな鳶色をしていた。
青年は、長めの前髪を掻きあげると――少し困ったように笑った。
(こんな裏通りに子供が一人でいるのを心配したのかもしれない。)

微かに首を傾げながら、ゆっくりと――悟空の横を通り過ぎて行った。















トボトボと、来た道を歩く。

さっきまで手に持っていたお菓子はもうなくて――。

空っぽになった腕が、頼りなく前後に揺れた。



むちゃくちゃに走ったから、元の場所に戻るのにも大分時間が掛かって――足が痛い。
奥まった場所にある、お気に入りの甘味処の店の前にも三蔵の姿は見当たらず、先に帰ってしまったのだと思った。




――さんぞう。

久しぶりに二人でいられたのに。
あんなに楽しかったのに。



――三蔵。

なんで、離れてしまったんだろう?
なんで、あんな金色なんか見ちゃったんだろう?





・・・俯いた道の先に、昨日までの雨で出来たぬかるみが見えた。















「てめぇ、この馬鹿ザルッ! 勝手に何処行ってやがった!?」

立ち止まったまま、ぬかるみに映った泣きそうな自分の顔を見ていたら――突然、そんな怒鳴り声が降ってきた。

「――――?!」

飛び上がって驚いて――振り向いた先の、脇道に植えられた街路樹の下に三蔵がいた。
色づき始めた楡の木の葉が、突然の風に舞う。

苛々として見えるのは・・・たぶん気のせいじゃない。
足元には踏み消したらしい煙草の吸殻が、いくつも転がっていた。



「さんぞう…?」
「あぁ? ――なんだ、その顔はっ?」
「…さんぞぉー!」
「?」

怒っていた筈の三蔵の紫暗が、わずかに揺らぐ。

その隙に飛びついて、抱きついて、顔を胸元に押し付けると――いつもより濃い煙草の匂いに我慢していた涙が零れた。





「……っく」
「――ったく、お前は…なんだってんだ?」
「ごめん、なさい。」

「まったくだ! 葛きりを喰う時間がなくなったじゃねーかっ。」

コツンと、頭のてっぺんを狙って・・・ちっとも痛くない拳骨が落ちた。
ごしごしと目元を拭って、もう一度ちゃんと三蔵を見上げると――途端に胸が温かくなった。




眩しい、金の色。

こんなに近くにあったのに。
なんで、この金色を見間違えたりしたんだろう?

俺が見つけた太陽は、この人だけなのに。







「――――嫌だ、…喰いたい。」
「……我侭な猿だ。」

「――んv」




グィッと手を引っ張られるまま、歩き出すと――目の前に金の髪がゆらゆらと揺れた。
それが嬉しくて笑っていると、今度はおでこを突付かれた。

…やっぱり痛くないや。







そうだ、あん蜜も頼もうよ♪

――散歩だってまだ途中だもんな?!




そう言って、勢いをつけて店に飛び込んだ悟空の背中に――。











「いったい――何に迷っていたんだか…;」





ポツリと。

三蔵の溜息がこぼれた。








《おわり》




2005年 10月15日

急に思い立って書いたお話未満だったのですが、
michikoさんが喜んでくれたので嬉しくなり――短編へと昇格したのでした。(笑)
きっと良い…と、言って貰えていなかったら書き進められなかったと思います。
いつもありがとうございますv

まだ距離感のある頃の二人のイメージでv<若い頃。
日常の何気ない景色の中に、過去の思い出(太陽)を見てしまう悟空。
無意識に取り戻したかったのかもしれませんが…。
それを捜す為に――ほんのチョッピリ、迷子になって貰いました。

三蔵は、そんな僅かな迷いを分かっていて、待っていてくれたのかもしれませんね。
それとも必ず戻ってくる自信がある男…?(^^);
秋雨続きで、悟空のことを一人にし過ぎていた負い目もあったのかも?(笑)
…そう思うと可愛いかな…?<オイ;

――こんな二人ですが、michikoさんへ♪




<みつまめ様 作>

みつまめ様にお話を頂いてしまいました。
棚ぼたのようにせしめたと言っても過言ではないのです。
某所でお書きになった落書きに喜んだのが切っ掛けとかv
みつめさんのお話が読めるの嬉しいに決まってるじゃないですか、ねぇvv
無自覚に金蝉を想いだし、訳の判らないままその面影を追う悟空が切ないです。
お互いにお互いのことがまだちゃんと見えていない二人ですが、
三蔵はちゃんと悟空を見つめているのですね。
でも、悟空はまだちゃんと三蔵を見つめていないから、迷うのでしょうか?
みつまめ様、ちょっぴり切なくてでも温かいお話をありがとうございました。
ああ〜嬉しいvv。

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