散 歩
木漏れ日が、柔らかな日陰を作っている。 下草を踏む足取りは軽い。 前を行く悟空は、何がそんなに嬉しいのか跳ね回り、立ち止まっては振り返る。 「バカ猿」 呟きは森の中に溶けて、木々の葉ずれに消えてゆく。
大地の愛し子、悟空。
こうして瑞々しい命に溢れた自然に囲まれていると、大地の思いが三蔵の心の中にも流れ込んでくる。 輝く太陽そのままのまっすぐな命。 気まぐれな思いや揺らぎの中にあっても、無条件に寄せられる信頼が嬉しい。 自分の中にあるどうしようもない欲や暗い澱みを払拭して余りある輝き。 失いたくない。
「…俺も湧いてんな」 己の思いに苦笑を漏らす。 「どこ行った?」 小さく舌打ちをすると、先へ足早に進む。 その姿に、岩牢から出てすぐの悟空の姿が重なる。 消え入りそうな儚く幼い姿が。 思わず三蔵は、呼んでいた。 まるで、つなぎ止めるように。 その声にゆっくり悟空は振り返った。 「さんぞ…」 浮かべた笑顔が、今にも泣きそうな気がして、三蔵は駆け寄った。 「何…?」 駆け寄った三蔵に悟空は、不思議そうな顔を向ける。 「…いや」 腕を掴もうと伸ばした手が、目標を失ったように彷徨う。 「何だ?」 バツの悪さを誤魔化すように視線を逸らせば、ふわっと重みが掛かる。 「何してやがる?」 いつもの不機嫌を取り繕う暇もなく、三蔵は素のままの表情が出る。 「っつてめぇ」 三蔵は腕に抱きついた悟空を引きはがそうと腕を振った。 「さんぞ」 にこにこと笑いながら三蔵を呼ぶ。 「好きだよ、さんぞ」 今にも泣き出しそうな声の震えを微かに感じて、三蔵は瞳を眇めたまま悟空の頭を軽く叩く。 「…ん、さんぞ…」 シャツを掴んでいた手は三蔵の腰に回り、緩やかに三蔵を抱きしめる。 「置いて行かねぇよ」 と、空を見上げて三蔵は言った。
見上げる空は澄んで、どこまでも高い。
三蔵の姿が見えなくなっただけで感じる不安。 いつでも側に居て欲しい。 こんなに弱くはなかったはずの自分の心に戸惑う。 不安と戸惑いと、いわれのない喪失感。 言葉ではっきり言えない気持ちが、どうして三蔵にだけわかるのだろうか。 欲しい時に欲しい言葉をくれる。 言葉に出来ないほどの幸せ。
いつも─────
こうして抱き合って、吐息がかかるほど側によって、その存在を確かめる。
それで、十分。
悟空は空から視線を三蔵の顔に戻すと、穏やかな色を掃いた紫暗と出逢った。 「…うん」 答えは、落とされる口づけに溶けた。
夏まだ浅い、森の一日。
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