迎えが来るまで
「ラスト!」

如意棒を振り抜いて悟空は、襲ってきた妖怪の最後の一人を弾き飛ばした。
いつの間にか降り出した雨に、全身が濡れていた。

「うっえぇ…」

ぷるぷると頭を振って顔にかかる雫を振り飛ばし、悟空はすぐ近くにあった枝を大きく張り出した木の下に入った。
さらさらと降る雨は梢を抜けて落ちて来るには弱いのか、木の下の土は乾いていた。

「みんなは…?」

木の下に落ち着いて辺りを見渡せば、全員バラバラに離されたのか、倒した妖怪の骸以外、見えるものはない。
しんと静まりかえった辺りで聞こえるのは雨の音ばかりで。

「ずいぶん離れたんだ…」

自分の置かれている状況がわかって、悟空はため息をこぼした。
三蔵達は強いから、悟空が心配しなくても大丈夫だろう。
戦闘が終わり、それぞれが顔を合わせて揃えば、すぐに出発になる。
その時、ひとり足りなくても出発する。
きっと、する。

「うっわぁ…置いてかれる?」

考えればそれはごく当たり前のことのように思えて、悟空は青くなった。
と言って、闇雲にここを飛び出して三蔵達を探すのは無理な気がする。
けれど、置いて行かれたくはない。

「どうしよう…」

唸っても、首を捻っても解決策は浮かんでこない。
ならば、行動あるのみだ。
それが自分だと、雨の中へ一歩踏みだした悟空の腕が、背後から掴まれた。

「えっ?!」

はっとして、振り返れば、そこにはあのヘイゼルとか言った宣教師の相棒がいた。

「…えっと…」

驚きに金瞳を見開く悟空に、

「こっちに向かっているから動くな」

と、告げる。

「な、にが…?」

問えば、

「ヘイゼル達だ」

と、答えが返った。
それに悟空はもう一度瞳を見開いて、ようやく身体の力を抜いた。
それに合わせて掴まれた腕が離される。

「びっくりしたじゃんか。気配もなくていきなり出てきたらさ」

掴まれた腕をさすりながら文句を言えば、

「すまん」

と、謝られた。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった悟空は、きょとんと表情をなくした。
が、すぐに理解するとぱっと笑顔を浮かべた。

「いいよ、もう…で、ヘイゼル達ってことは、三蔵達もこっちに向かってるの?」

いつもなら三蔵の気配は簡単に捕まえられるのに、今は上手くいかないから、確かめるしかない。

「ああ…こっちへ向かってる」
「そっか…サンキュ」

ガトの揺るぎない返事に悟空は嬉しそうに頷いて、礼を言った。
まさか、礼を言われるとは思っていなかったのか、無表情なガトの表情が驚いた顔に微かに変わった。

「びっくりしなくてもいいじゃんか」

僅かな表情の変化を見逃さない悟空の観察眼に今度こそガトはその黄色い瞳を見開いた。

「何で?って思ってるだろ?」

ガトの驚いた表情に悟空はくすくすと喉を鳴らして笑うと、種明かしをして見せた。

「だってさ、三蔵も不機嫌な顔付きしててわかりにくいからさ、同じ」

そう言って、笑った。
そう言われて、初めてガトはなるほどと、理解した。

あの恐ろしく綺麗な三蔵法師は、その容姿などお構いなしにいつも不機嫌な小難しい顔付きをしている。
何が気に入らないのかと、何にそんなにいつも腹を立てているのかと思っていたが、そうではないらしいことは短い付き合いの中でそれなりにガトも学んでいた。
それでも、笑った顔など見たこともないし、優しげな表情も知らない。
多少は驚いた顔などは見たことがあるかも知れないが、それもうろ覚えなほどあやふやだ。

「わかるのか?」

思わず問いかければ、

「わかるよ?何で?ガトだって三蔵が不機嫌かそうでないかぐらいはわかってるだろ?」

と、言われて頷けば、

「それで十分じゃん。あれで三蔵はわかりやすいからさ」

うんうんと、訳知り顔で頷かれた。
どこがわかりやすいのか。
これでは先程理解したと感じたことに自信がなくなる。
だから、

「どこがわかりやすいんだ?」

訊いてしまった。
自分と同じに無表情、表情に乏しいのは理解しても、わかりやすいなど遠く理解の外にある。

「ふぇ?あんなに表情豊かなのに、わっかんねえ?」

質問に質問で返されて、ガトは首を傾げるしかない。

「おっかしいなあ…ホント、三蔵ってよく笑うし、怒るし、意外に涙もろくて、照れ屋。んで、すぐ拗ねてんのに」

嬉しそうに、楽しそうに、不思議そうに三蔵の話をする悟空の顔を見つめながら、ガトは悟空にとって三蔵の存在がどれ程大事で、絶対の存在か理解した。
これほどの信頼を寄せられ、慕われる存在にはとてもガトには信じられなかったが。

「お前がそう言うのなら、そうなんだろうが、俺にはよくわからん」

正直に言えば、悟空は金瞳を見開いた後、それは誇らしげな笑顔を浮かべた。
そして、

「いいよ、わかんなくても。三蔵の良い所は俺が知ってればいいんだもん」

と、胸を張る。
その姿に、ガトは呆れたような、眩しいような表情を浮かべたのだった。

やがて、雲が切れてきたのか、日が差し始める。
その陽差しの滑り落ちる大地の向こうに土煙が上がった。
もうすぐあの綺麗で不機嫌な男が来る。
傍らで嬉しそうに三蔵の名を呼んでいる悟空の言葉を信じて、一度観察してみるのも悪くないと思うガトだった。




end

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