「玄奘三蔵よ、そなたに命ずる。悟空・八戒・悟浄を連れ西域・天竺国へ向かえ。」




















毎度の事のように、三仏神に火急の用があると呼びつけられ。
今度は何事だと、なかば呆れ気味で聞いていたその内容。
天竺に異変が起こっていると、その口からでた言葉に、今度は天竺かよと心の中で溜息をついた。

天竺に行くのなら、多分何年もかかる旅になるだろう。
この寺に、あの小猿を置いてゆくわけにはいかない。
たかが隣町への説法で、数日留守番をさせるようなわけにはいかないのだ。
そんな事をしようものなら、俺の目が届かないこんな場所においていかれた悟空は、命にかかわる危険に晒される事だろう。
なにより、あいつが側にいない俺のほうが持たないと思う。
煩いし、面倒は起こすし。大食漢で、お人よし。
・・・だが、アイツは俺の精神安定剤。
だから、どんな理由をつけて連れ出そうかと、三仏神の話などそっちのけでそればかり考えていた。



悟空を共に連れてゆけ。



三仏神がどんな理由であいつを連れて行けといったかなんて、そんなことはどうでもいい。
だが三仏神の命とあれば、いかな寺の僧侶達でも異議を唱える事は出来ないだろう。
これで大手を振って、あいつをここから連れ出すことが出来る。
それも、猿には仕方がないといいわけが出来るときた。



「さて。これから忙しくなるな。」



おれは三仏神の前から退座するなり、思わずにやりと笑ってしまった。




Dark ocean in the Heart.
心の海から溢れる雫





いつものように三仏神に呼ばれて出て行った三蔵は、いつもなら苦虫をかみ殺したような顔で帰って来るのに。どうしたことか、その日だけはかなりの上機嫌で帰ってきた。
そんな三蔵は、俺が知る中で初めてだったから。かえって俺は不安になった。
それを知るのが怖くて、何の用だったのかと聞けずにいた俺に。
だが、三蔵はそんな俺の心配などわかっているさと言いたげな表情で、口元を面白そうに歪めながら言ったのだ。



「三仏神の命で、西域・天竺に行く事になった。出発は一週間後。それまでに身の周りの整理をしておけよ?」



三蔵が出かけるのに、なんで俺の整理なんだ?
呆気に取られる俺を見て、さも面白いとばかりに三蔵はにやにやと笑っている。

「まあお前の場合、整理するほどのものもないから関係ないがな。」

それなら、俺はとうとう捨てられる事になったのか。
そう思うと、悲しくて胸が張り裂けそうだった。

「天竺までの道のりは遠い。我侭言いやがったら、容赦なく捨てていくから、そのつもりでいろよ?それから、俺とおまえと、あとは八戒と悟浄も連れて行くから。せいぜい俺達の脚を引っ張らないよう、頑張るんだな。」
「・・・え?俺も?・・俺も連れて行ってくれるの?」

突然何を言い出すかと思ったら、まさか今のが聞き違いだなんて。
そんな事ないよね?



「仕方ねえだろう。三仏神が連れて行けと、そう言いやがったんだ。」



三蔵のいった言葉に、俺はこれで二回目になるだろう、死ぬまで忘れないくらいの幸せを聞いた。
一度目は、あの岩牢から連れ出してくれるといった、あれほど憧れて止まなかった太陽が舞い降りたと思ったその時。
何時終わるとも知れない闇の中で、唯一差し伸べられた手と共に聴いた言葉。



「連れてってやるよ。仕方がないから。」



いつかは誰かが迎えに来てくれるのではないか。
そんな甘い夢は費えて久しかった。
まさか。
本当に、憧れていた太陽が、自分を暗闇から救ってくれる日が来るなんて思ってもいなかった。
この言葉だけは死んでも忘れたりなんてしない。
差し出された手の暖かさを、絶対になくさないと誓った。



なのに今聞いた言葉は、それ以上の光を伴って俺の心に刻み込まれたのだ。



だって・・・。
認めてくれたんだ。



三蔵が。



仕方ないとか言いながら、自分と共に在ることを。



岩牢から連れ出してくれたのはただの情けじゃないかって・・。
そう思ってた。
三蔵は俺がどんなやつかも知らないで、かわいそうだからという理由だけで連れ出してくれたんだって。
それは本当に嬉しかったけど。
だけど、こうして一緒に暮らし始めて、俺がどんなやつか十分にわかった上で認めてくれたこと。
足手まといならいらない。
ひとりがいいと言って憚らない、そんな人が。
共に在る事を許してくれたんだ。
三蔵が俺という存在を認めてくれたのなら、俺はけしてその信頼を裏切る事はしない。



「俺のほうもいろいろと片付けなきゃならない事があるから、出発まで留守にする事も多い。だからって最後まで面倒で終わらせたりするんじゃねえぞ?」

わかったか?

にやにやと、しまりのない顔を見れば、自分の言ったことがどれだけ嬉しいと思っているかなんて一目両全。隠し事のできないやつだと、三蔵はぽかりと悟空の頭をひとつ小突いてやった。

「わかってるよ-」

いてえとか言いながら、にやけた顔で抗議されても、ぜんぜん真実味がないって事。
わかってんのかね?この惚け猿は。

「まあ、おまえもこの寺で長いこと厄介になったんだから、坊主どもに別れの挨拶でもしてやるんだな?」




お前が此処から出て行くと聞いたなら、きっとやつらは喜ぶだろうよ?




・・・・三蔵はそういって笑ったけど、そんな事言おうものならどんな嫌がらせをされるかわかったもんじゃない。
俺が出て行くのは嬉しくたって、三蔵のお供を許された事を羨ましく思うやつらのことだ。
あいつらが何を仕掛けてくるかなんて、この何年かで嫌というほど思い知らされてる。
だから、三蔵は、俺をからかっただけなんだって知ってたけど。
俺はあいつらに挨拶をするなんて、考えてもいなかった。
ただ・・・。
三蔵が、何を言いたかったか。
それはちゃんとわかったよ?



もう二度と此処には戻らないつもりでいろと。



三蔵は、覚悟しろって言ってるんだ。
側に在る事を決めた時から、いつだって覚悟はしていた。
いつ、何があっても良い様に。
だから三蔵の言いつけどおり、こんな俺でも優しかった一握りの親しい人には挨拶を済ませてきた。
三蔵はその言葉どおり、滅多に部屋にも戻ってくる事はなかった。

俺のほうは挨拶っていっても、町で優しくしてくれた駄菓子屋のばあちゃんとか、裏山の動物達や、森の木なんかだけだったからはじめの2日でする事なんてなくなっていた。

何時ものように、三蔵の帰りを待つだけの退屈な時間。
だけどそれも最後だと思うと、なんだか懐かしい気さえしてくるから不思議なものだ。
あとは出発の日まで、三蔵が言ったように大人しくしてればいいんだけど・・・。
此処にいたら、俺がどんなに大人しくしていようと頑張ったって、あの手、この手で三蔵のお供をする事を良しとしない坊主どもが、俺を行かせまいと嫌がらせをしてくる事はほぼ間違いがない。
できれば三蔵が用事を終えるまで、何処か違うとこにいたほうがいいんだけど・・・・。



「・・・あ・・」



ぐるぐると、慣れないことを考えていたおかげで眩暈のおこしかけた悟空の頭の中に、あるひとつの考えが閃いた。

「・・・どうせ三蔵は帰ってこないし。前の日までに帰ってきてれば問題ないよね?」

誰に言うでもなく、独り言みたいに呟いて・・。
よし!と、悟空は部屋を後にした。
そのまま寺を出て行って、悟空はその日、寺に戻ることはなかった。









「・・・う-ん?こっちでいいのかな???」



森の木々を縫うように、悟空はひとり先を急いでいた。
先、といっても、行きたいと思った場所にいつでも行かれるとは限らない。
まして方向音痴な悟空の事だから、何度か三蔵に連れられて訪れただけのその場所に、果たして向かっているのかさえも核心はもてなかった。
でも絶対この先に、願った場所は現れるはず。
何故かは判らなかったけど、悟空にはそういいきれるだけの自身が満ちていた
自分が望めば、きっとあの町は姿を見せてくれるはず。なのにそう思ってずっと歩き続けて、すでにまる2日。
一行にあの町は姿を見せてはくれなかった。

「・・・なんか、三蔵が一緒でないと駄目とかだったりしたら、すんごくムカツク!」

握りこぶしにぐっと力を入れて、自分のことを棚にあげた悟空は、見えない相手に向かって悪態をついた。

「絶対!ぜ---ったい!!わかってて、俺を遠ざけようとしてるんだ-・・・って?あれ?」

自分の浅はかな考えを他人のせいにしながら、後にはひけない悟空は半ばヤケクソ気味に森の木々を分けながら歩いていた。
と、突然目の前に現れたのは一匹の兎。
白くて小さい姿の兎は、鼻をぴくぴくさせながら悟空の事をじっと見つめていた。

「なんだろ?」

悟空が近づくと、まるで悟空を導くかのように、先にたって走っては、ちゃんと後を突いてきてるか確かめるように立ち止まって後ろを振り向いている。
理由はわからなかったけど、きっとこの兎は自分を何処かに案内したいのだ。
悟空は兎の心の声を聞いて、そう思った。
だから、疑うことなくその後についてゆく事にした。



「・・・あ!」



どれくらい兎の後を追いかけていただろう。
突然森が切れたかと思うと、目の前にはぼんやりと遠くに霞む町の姿。

「やっぱり、お前は俺を迎えに来てくれたんだ。」

兎は、悟空が町の姿を確認したと見ると、振り向くことなく一心に駆け出してゆく。
悟空もその後を追いかけながら、もうはっきりと姿を現した町を目指して走り出した。



「・・・・ごくろうさま。」



すでに兎の姿は見えなくなってしまったけれど、町に入ってさえしまえばどこになにがあるのか悟空にだってわかる位には通いなれた町。
角を曲がって目指す家が見えてきたことで、ようやく悟空はほっと溜息をついた。
兎に角無事にたどり着けたのだから、この際兎に迎えに来てもらっただなんて情けない事は三蔵には黙っていよう。

見れば、先ほどの兎も目的は同じ家のようで、器用に扉を開けて家の中に入って行くところだった。
少しだけ隙間の開いた扉の前に立つと、悟空はそおっと中の様子を伺った。
部屋の中では男がひとり、先ほどの兎を抱き上げて、優しくその頭を撫でてやっていた。

「そんなところに隠れてないで、早くお入り?」

兎をそっと床に下ろしながら、男は扉から中を覗いていた悟空に向かって微笑んだ。

「・・久しぶり。元気そうだね?悟空。」

男の足元では、兎が美味しそうに用意されていたであろう草を食んでいる。

「やっぱり壊がそいつを迎えによこしてくれたんだ?」

よほど慣れているのか、警戒心の強い兎にしては悟空が近づく気配にも微動だにすることなく、嬉しそうに草を食べ続けている。
それはまた、壊、と呼ばれる男に対して絶対の信頼を寄せているという事。
動物達は嘘はつかない。
この男の本性がなんであれ、その事を一番よく理解している悟空だったから、彼もまた、無防備な姿のまま壊を見上げた。

「俺が来るって判ってたんなら、壊が迎えに来てくれればよかったのに。」

ぷ-っと頬を膨らませて抗議するそんな可愛らしい子供の顔を見て、壊は思わず苦笑した。
悟空は、道を迷っていたところを兎に助けられた事が気に入らないらしい。

「俺はやる事があったから、仕方なく彼に頼んだんだ。・・・ほら・・。」

ほらと言って、手招きする壊の目の前のテ-ブルに視線を向けた悟空の瞳が、きらきらと嬉しそうに輝いた。

「どうせお前の事だから、来る早々腹が減ったというだろうと思って。俺はこれを作っていたのさ。だから、迎えに行く役目は彼に頼んで行ってもらった。」

テ-ブルには、普段お目にかかることのないくらい豪華な食事が、所狭しと並べられている。

「これ・・・全部食べていいのか?!」

躾には事の他煩い三蔵の顔をちらりと頭の隅に浮かべながら、悟空は心にもない言葉を呟いた。

「もちろん。全部お前のためにだけ作られたものだからな。」

遠慮なんてしなくていい。
壊が優しくイスを引いて、どうぞ?と悟空を促している。



「わ--い!!いっただきま-す!!」



流石の兎も、そのあまりの大声と騒がしさにびくりと身体を竦ませた。









「それで、三蔵の目を盗んでこんなところにまで来るなんて。俺に何の用があったんだ?」

用意された食事をあらかた平らげてしまった悟空に、最後の締めくくりだと、いたせりつくせりな壊がデザートのプティングを差し出した。

「あっ?!そうそう、肝心なこというの忘れるトコだった。」

差し出されたプティングを、ぱくりと口に押し込むと、悟空は姿勢を正して壊を正面から見つめた。

「今までいろいろとありがとうございました。」

まるで何かに書いてある文章をまる読みしたみたいな言い方で、悟空がぺこりと頭を下げた。

「なんだ?新手のギャグかなんかか??」

自分用にと、壊は熱いお茶をポットに入れながら、顔も上げずに呟いただけ。

「んん〜。三蔵が、挨拶するんならきちんと礼儀正しくやれっていうんだもん。」

ひっで-な-・・・折角こちらが真剣に挨拶をしたのに、冗談にしちゃうなんて。
ぶすっと膨れてしまった可愛らしい顔を見て、壊がくすりと笑った。

「ごめん、ごめん。そんなつもりで言った訳じゃないんだ。ただ、何を今更改まって挨拶なんてするのかと思っただけさ。」

まさか死ぬわけでもあるまいし。
くすくすと笑いながら、手にしたお茶を持って、壊は悟空の正面に腰掛けた。

「で?」
「ん。俺さ、今度三蔵のお供で、天竺とか言うところまで行く事になったんだ。なんか、すごく遠いところで、何年も帰ってこられないみたいだから、当分壊とも逢えなくなるし。」

それに・・・。

最後に残ったプティングを、美味しそうに頬張った後、ご馳走様と手を合わせた悟空は、なんでもない事のようにその先を続ける。

「危険な旅だから、生きて帰れるかどうかもわからないって、三蔵が言ってた。」

正面に座る壊に、真剣な表情で悟空は挨拶に籠められた真意を告げる。

「それに、目的を達して生き残れたとしても、此処に帰るかどうかも判らないとも言ってた。俺は三蔵ががいれば、別に何処だって構わないから・・・。三蔵が帰らないって言うのなら、俺は黙ってついてゆく。」



だから、二度と会うことはないだろう。



「・・・そうか。」



壊はそれきり追求する事もなく、見つめていた瞳を伏せて、静かにカップの中身を飲み干した。



「悟空。」



暫くの沈黙の後、壊が再び伏せていた瞳を開き、その名を呟いた。

「・・お前が望むのなら、この町も、俺も。お前を快く迎え入れるだけの覚悟があるつもりだ。」
「・・壊・・っ?!」
「いいから聞くんだ。言わなくても、そんな事位は百も承知で三蔵の側にある事を決めたお前に、今更こんなことを言うのは筋違いなのかもしれない。だけど、もし、三蔵が前世のままの姿であったなら、もしくはお前がただの人間だったなら。こんなことを言ったりはしなかっただろう。でも、現実に三蔵は人間で、お前は大地が望んで形と成した、夢の結晶に過ぎない。」

受け入れた事とはいえ、それを改めて他のものから告げられるのは初めての事。
ずきん・・と痛む胸を押さえて、悟空は言葉もなく俯いた。

「望むと望まないとに係わらず、三蔵が天寿をまっとうし、惜しまれながらこの世を去っても・・。残されたお前は、時がお前という存在を解き放つその日までたったひとりで悲しみを背負ったまま生き続けていかなければならない。」

残された者の痛みは、お前が一番よくわかっているだろう。
そう、壊は静かに言葉を繋いだ。

「俺は、お前が逝ったあとも永久の時の中を彷徨い続けていかなければならない運命を背負った者。だから、お前の最後を看取ってやることもできるだろう・・・。」



俺もまた、お前と同じように残された者の悲しみを痛いほどわかっているから・・・



「・・・ありがと・・・」



胸の奥にしまった悲しみを、人に打ち明ける事の辛さは、悟空もまた一番よくわかっている。
こんな自分に、それを告げてくれた壊の。
自分に対する感情は、激しく悟空の心を揺り動かすもの。
彼も・・・ずっと、ひとりで生きてきた。
それ故に、同胞とも呼べる悟空の存在を欲しているのだ。
孤高の時をさすらってきた。
きっと、それは自分や三蔵なんか比べ物にならないくらいの長い時間に違いない。



「でもね?俺は、この先にどんな悲しみが待っていても。三蔵の側にいられればそれでいいんだ・・。」



もしかしたら、自分なんかよりももっともっと三蔵の事を好きで、三蔵もその人を一番と考える日が来るかもしれない。



もしかしたら三蔵が刃にかかって、志半ばで倒れる事だって、自分がひとり死ななければならない事だってある。



「先のことを憂いて大切な今をなくしてしまうなんて、俺は嫌なんだ。」



今という時を精一杯に生きてゆきたい。
三蔵の側に在る事を許される限り、這い蹲ってだってついていくと決めたから・・・。



「・・悟空。」



「壊の言ってくれた事はすごく嬉しかった。そんな事言われたの初めてだし、本当はそのほうがいいのかもって・・思う。だけどさ俺は三蔵が幸せなら、それでいいんだ。それは俺の幸せでもあるんだもん。」



わかってくれとは言わないけれど。
俺がそう決めた事だから、もうそれでいいのだ。
そう告げる悟空の顔は、見てくれの幼いもののそれではない。
それを見て取った壊は、それ以上悟空を諭す事を諦めた。
どんな決意を持って、悟空がそれを受け入れたのか。
多分、それを一番理解できるのも自分だと思うから。



「さ-ってと。そろそろ帰らないと、三蔵が痺れを切らして俺のこと置いてっちゃうと困るからね!」



晴れやかな顔で笑う。
悟空の言葉に、壊も無言の笑顔を浮かべて頷いた。









「・・・そうだ。さっき、お前は旅に出ると、もう俺には会えないといっていたな?」



町の外れまで悟空を見送りに来た壊は、思い出したように呟いた。

「この町はこの地に根を下ろしているわけではない。時空の狭間を、どこへともなく流離う・・・いわば流浪の町だという事を、お前は知らなかったのか?」

壊の言わんとする意味を理解しかねて、悟空が不思議そうに振り返る。

「何処にでも存在し、何処にも存在しない町。それがこの、ノイエジ−ルという町の宿命だ。」

ニヤリと、意地の悪そうな笑みを口元に浮かべる壊は、先ほどとは打って変わった。
いつもの壊の姿だった。

「・・・それって・・・ようするに・・・」
「お前と三蔵が旅する先でも、時として、この町は姿を見せることがあるって事さ。本当なら、こうして同じ場所に何度も形を見せる可能性は低いんだ。だけど、ここに姿を現す事が多かった理由は、俺がそれを望んだ事がひとつ。もうひとつは・・・」

そこで、言葉を区切った壊の大きな手が。悟空の柔らかい髪をくしゃりと撫でた。

「この町が、お前を気に入っているから。だから、お前が望めば、そこが何処であろうとも町はこの世界に形を成す。ということだ。」
「じゃあ・・・」

また逢えるかも知れないって事なの?

「そういうことになるな。」

あまりのことに、呆けてしまった悟空に。壊の止めの言葉が突き刺さった。



「・・・な・・なんだよ〜!!じゃあ、俺がした事って無駄じゃんか-!!」



情けなく、叫び悟空の横では、あいも変わらずくすくすと、面白そうに笑う壊。

「もういいよ!俺帰るんだから!!」

悟空にはかわいそうだが、喧嘩を売った相手が悪い。
そうとわかれば長いは無用。悟空は壊に背を向けると、あまりの不甲斐無さに湧き上がる怒りのまま、足音も荒く歩き出した。



「悟空。」



その背に向かって、壊が静かに声をかける。



なんだよ?不機嫌な顔で、それでも振り向く律儀な子供に。

「・・・また、時の重なり合う遠い地で。」

お前に逢える日を、楽しみにしているよ?
声にださない壊の。その思い。

「・・・うん。また、ね?壊。」

それまでは変わらない貴方でいて欲しい。
万感を込めた別れの挨拶に、またという希望をのせて。
悟空が笑顔で手を振った。



そうして再び、くるりと背を向けると。
愛しい人の待つ場所に向かって、悟空は軽い足取りで駆け出していった。











「あ-あ。三蔵、とっくに帰って、俺がいないって怒ってるんだろうな―・・・。」



駆ける悟空の背後で、音もなく。
確かに今までそこにあった町が、静かに消失する。
気配でそれを察した悟空は。だがけして振り返ることはない。




"俺は何時でも此処にいる。ここでお前を待っている。"




聞こえないはずの、そこに住む男の声が耳を掠めた。
その言葉を噛み締めて。悟空は真っ直ぐに前を見て、自らが選んだ、在るべき場所へと還ってゆく。
誰のせいにも出来はしない。
何があっても。悲しくても、辛くても。
自分が決めた事だから。



欲しかったのは暗い世界を照らし出す光。
暗闇しか存在しない空間で、幾度手を差し伸べたことだろう。
届くはずがないと、判っていて尚、その眩しさに心奪われた。
その光は、余すことなく全ての形を知らしめる。
けれど俺が本当に欲しかった光は、血で汚れたこの身を曝け出すためのものでも、自ら犯した罪を晒すためのものでもなく。



ただ・・・・



ひとり此処に囚われたまま、世界から忘れ去られたこの魂。
そんな俺だけを暖めてくれる灯火だった。



俺はけして忘れない。
あの時、躊躇うことなく差し出された暖かな手を。
凍りついたこの心を一瞬で溶かす力をもった俺だけの灯火を、この瞳が映したあの日のことを。






絶対に






忘れない。






「また・・・ね!」



悟空の呟いたその言葉は、頬を撫でる風が彼方へと運んで行く。
その言葉を、彼の人が聞いたかどうか。
定かではない。











END




 

<高草木にあ 様 作>

サイト開設二周年のお祝いに、高草木にあ様から頂いた小説です。
予想もしない頂き物に、幸せと嬉しさの余り、遠い宇宙の彼方まで飛んでいってしまいました。
西へ旅立つ前の悟空と三蔵の少し浮き立つ気持ちと少しの不安と期待が、読んでいる私の胸に温かな思いとなって伝わってきました。
危険は百も承知。
それを上回るいつも、どこでも一緒に居られるという事実。
お邪魔虫だろう八戒と悟浄の存在はこの際横に置いておいて、無条件に嬉しいんですね。
最後の悟空が壊に向けた言葉に、私も思わず、
「行っておいで。楽しんでおいで」
と言ってしまいました。
にあ様、素敵なお話と嬉しいお心遣いとたくさんお幸せをありがとうございました。

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