はさみ
気が付くと首筋に手をやっているその姿を見るたび、背中に揺れていた大地色の尻尾を懐かしむ自分に、三蔵は小さな笑みを零した。
悟空は窓辺に持っていった椅子に座って明るい外を見つめていたが、その手は無意識に首筋を撫でていた。



そんな昼下がり。
昼食の後の気だるい時間。



笙玄が何かぶつぶつ言いながら、寝所へ入ってきた。
がさがさと、何かを探している気配に、悟空が気が付いた。

「何してんの?」
「えっ…ああ、悟空」

戸棚を引っかき回していた笙玄が、手元を覗き込んできた悟空に驚いた顔を向けた。

「何か探してんのか?」
「はい、ハサミを」
「ハサミ?」
「ハサミです。ちょっと必要になったのですが、探しても見つからなくて…悟空は、知りませんか?」
「えっ…あっと…知らない」

悟空の返事に笙玄は、そうですかと、小さなため息を吐いて、

「向こうの仕事部屋に置き忘れているのかも知れませんね」

パタパタと、部屋を出て行った。




「おい」

笙玄の気配が去ってから、三蔵は長椅子に座ったまま、戸棚の傍から動かない悟空を呼んだ。

「な、なに…?」

はっとしたように顔を上げ、ぽてぽてと三蔵の元へ近づく。
その腕を取ると、三蔵は悟空を抱き寄せた。

「さん、ぞ…?」

ふわりと包まれるように抱かれて、悟空は不思議そうに三蔵を呼んだ。

「いい加減吹っ切れ。できねぇのなら、また、伸ばせ」
「……やだ」
「なら、ちゃんとハサミを元の場所に戻しておけ」
「……………わかった…」

もぞもぞと三蔵の腕の中を動いて、悟空は三蔵の膝に登ると、ぎゅっと、その首に抱きついた。
三蔵はそれ以上何も言わず、その背中にもう一度腕を回し直し、悟空を抱き込んだ。

髪を短くしてから何かを捨てたような気がしてならない。
その気持ちが無くなるように待っていても、その想いは強く悟空の心を覆うばかりで。
棚の大きな鉛筆立てに立てられたハサミを見るたびに思い出されて、気持ちをかき回されるのが嫌で、ハサミを隠してしまったことを三蔵は知っていたのだ。

そう、三蔵は言ったではないか。
何も無くならない。減らずに増えてゆくばかりだと。

無くした過去と今の自分を繋ぐモノだと思い込んでいた心が確かに軽くなったはずなのに、想いは募るのだ。
三蔵さえ側に居てくれればそれで良いのだと思っても、過去なんて必要ないと思っても、人は何も持たずには、先へと進めないモノらしい。

「お前、全部無くした気になってんじゃねぇぞ」
「……な…」
「小うるさいお前を拾ってから今までのこの俺の苦労をちったぁ思え。そうすりゃそんなことを思う前に、きっと反省する」
「なに、それ…」
「そういうことだ」
「何か、ひでぇ…」
「ふん」

泣き笑いの顔を上げた悟空の鼻先に、三蔵は口付けを落とした。

「…さ……」
「サルは余計なこと考えずに笑ってろ」
「そんなの…俺、バカみたいじゃんか」
「バカみたいなんじゃなくて、バカなんだよ」

そう言って三蔵は喉を鳴らして笑うと、むくれる悟空の耳に唇を寄せた。
小声で告げられた言葉に、瞬時に悟空の頬が桜色に染まる。
そして、

「…さんぞの…バカ…」

消え入りそうな声が返ってきたのだった。




それからすぐ、ハサミが元の場所に戻っていたとか。
とある日の、とある昼下がり。

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