白 鷺
二十三夜の月が水面に薄い影を落とす。
川辺の小さな水たまりにその白い鳥は静かに佇んでいた。
風もなく、ことりとも音のしない夜明け前。
悟空は眠れない目をしばたたかせて、白い鳥の佇む対岸からその様子を見つめていた。

西への旅の途中の野営。
珍しいこともないが、眠れぬことが珍しい。
昨日辿り着いた町は酷く迷信深い町で、三蔵法師の訪れはそれは歓迎された。
けれど、一目見て禁忌の子だと解る悟浄と、吉凶の源と言われる金晴眼を持つ悟空は宿に泊まることも町に留まることすら拒絶された。
汚れを町に入れるわけにはいかないと、手酷い拒絶を受けた。

初めてではない拒絶。
初めてではない忌み。

旅を続けていればそういうことにしばしば出逢う。
程度の差こそあれ避難や拒絶にあう。
まして、今は不穏な世の中なのだ。
人々の不安が増して、できるだけ災いの元になるような事柄からは離れていたいと思うことは当然なのだ。
当たり前のことだ。

しかし、理解はしていても感情は別のもので、慣れていると笑いながら傷ついている自分が居た。
空元気に笑う己の姿に胃の当たりがむかむかして、どうにもこうにも居たたまれなかった。
顔を上げていなければと思うそばから、敵意剥き出しの視線から逃れたいと、目を伏せてしまう。
そのことに苛立ち、唇を噛む。
消化できない想いに拳を握りしめ、傍らの悟浄の影に隠れようとする。
その自分の態度が許せない。
負けないと、見返そうとぐっと力を入れた時、三蔵が無言で八戒を促し、踵を返した。
すれ違いざま、三蔵は悟空の頭を軽く小突き、

「あほう」

そう言った。
その声に顔を上げれば、ジープに乗り込む三蔵の後ろ姿があった。
引き留める人々を無視して、三蔵は悟浄と悟空を呼ぶ。
それに悟浄は呆れたような、けれどどこか嬉しそうな表情で肩をひょいと竦め、悟空は今にも泣きそうに一瞬、顔を歪めた。

結局その町に泊まることはなく、町からずいぶんと離れた渓谷の川縁で野営することになった。

三蔵はいつもそうだ。
何も言わない。
黙って庇ってくれる。
守ってくれる。
いや、庇うという意識はないのかも知れない。
守っているという意識すらないのかも知れない。

なぜなら、三蔵は一度己の懐に入れたものは無条件に信頼し、庇護するのだ。
飾らないそのままの気持ちで。

だから、守られてる方も自覚しない。
自覚できない。
それが三蔵の優しさなのだ。

───……だけど、迷惑をかけた

と、思ってしまう。
本当なら柔らかな寝台で、暖かな布団にくるまって寝られたのだ。
保存食ではない作りたての料理を食べられたのだ。
疲れた身体をゆっくりと休めることができたのだ。

過酷な旅で疲れ切った三蔵を休ませることができたのだ。

それなのに─────

この瞳の所為で全て台無しだ。
そう思う悟空の気持ちなど既に見透かされ、眠りにつく前に三蔵に言われた。

「うざってぇこと考えるなよ。あんな鬱陶しい町は俺が、気にくわなかったんだからな」
「そうですよ、客を選り好みする宿は僕もごめんですから」

八戒の添えた言葉に悟浄が、「違いねえ」と、肩を揺らして笑い、眠りについた。
ついたはずだった。
それなのに、こうして眠れない自分が居る。

対岸の白い鳥はひっそりと立ち、薄い月の光にその姿は幻のように見える。
ただ、ひっそりと立つその姿に、思い人の姿が重なった。

白く綺麗で、厳しく暖かい。
孤高の存在。
地上の太陽。

忌み嫌われる己の瞳が吉兆の源であるなら、それならば三蔵にとって良きことの源であればいいと思う。
守られるのではなく、共に立ち、共に歩むそんな存在になれればいい。

ひっそりと立つ白い鳥の向こう、稜線を一筋の光が切り裂いた。

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