マルボロ
居間の机に三蔵の忘れ物。
赤い箱の煙草、マルボロ。

三蔵と初めて逢った日も三蔵の手の中にあった。
薄い紫の煙が青い空へ上っていた。

朝の三蔵の法衣は、いつも柔らかな香りの香が焚きしめられて良い香りがする。
でも、夕方の三蔵の法衣は、いつもマルボロの匂い。
三蔵の金色の髪も指先も触れてくる唇も・・・・・抱きしめてくれる腕もマルボロの匂い。

机にぽんと置かれた煙草の箱が、なんだか置いてかれた自分の姿に重なる。
忘れられた赤い箱。

悟空はそっと手を伸ばして、マルボロの箱に触れてみた。

「…お前もおいてけぼりじゃん」

机に顎を載せて、呟く口調はちょっと拗ねている。






今日は朝、起きた時から三蔵の顔を見ていない。
執務室にも居なくて、捜し廻って、見つからなくて。
泣きそうになっていたら笙玄が、お使いから帰ってきた。

「三蔵様は夜明けに出発なさいました。悟空を起こすのは可哀想だとおっしゃって、お手紙を預かりましたよ」

そう言って笙玄がくれた三蔵の手紙。
向日葵の絵の綺麗な手紙。

開いてみれば、一行だけ。
綺麗な字で、



行ってくるから大人しくしてろ



これだけ。

「…三蔵のバカ……」

呟く俺に、

「早ければ夕方にはお戻りですよ」

って、笙玄が笑った。

「えっ…?」
「お約束はお守りになられますよ、ね」

もう一回、笙玄は笑った。






窓の外は夕焼け。
机の上には三蔵が忘れてったマルボロ。

「…もう夕方じゃんか…」

長椅子越しに見える夕焼けが、なんだかもの悲しい。

「三蔵の…嘘つき」
「誰が嘘つきだと?」

返された返事に振り返れば、不機嫌な顔をした三蔵が立っていた。

「さ、んぞ…」

それ以上何も言えない悟空のびっくりした顔に、

「バカ面…」

そう言って、小さく笑った。
それが合図。
悟空の身体は弾かれたように三蔵の腕の中へ飛び込んだ。

「…お帰り、さんぞ」
「ああ…」




夕方はマルボロの匂い。
三蔵の証。

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