年中無休
「えーっ、今日は一緒にいてくれるって言ったじゃんかぁ」
「仕方ねぇだろうが、仕事なんだから」

その言い訳は、まるで日曜日に接待ゴルフに出掛ける夫のようで。
出掛ける準備をする三蔵の傍で、今にも泣きそうに瞳を潤ませて頬を膨らませている悟空が、一人放って置かれる新妻のように見えて。

「約束したじゃんか」
「断れねぇんだ」
「三蔵の嘘つき」

一通りの用意をすませた三蔵が振り返れば、潤んだ金眼からぽろりと、透明な雫が零れた。

「…ったく、泣いたってダメなんだよ、サル」

がしがしと金糸を掻きながら、三蔵はため息を吐いた。

「サルってゆー…なっ…」

ぽろぽろと涙を零しながら、三蔵を睨む。

悟空とて分かっているのだ。
三蔵の仕事が年中無休で、休みなど取れないことは。
ましてや今は、お盆前で、年末の次に忙しい時期だということも十分承知している。
それでも、我が侭を言いたい。
ずっと、寂しいのを我慢してきたのだ。
何週間も前から予定を三蔵と笙玄が調整してやっと開けてくれた今日という日を楽しみに、我慢を重ねてきたのだ。

それなのに・・・・・。

三蔵は急に入った三仏神からの下命に、片道二日もかかる街へと出掛けてしまうのだ。
どんなに拗ねても泣いても止められない。

分かっているのだ。
でも、でも・・・。




泣きながら自分を上目遣いに睨む悟空の金眼に、三蔵は負けそうになる。

悟空の泣き顔は、三蔵の決心を簡単に解いてしまう。
それほどに、三蔵は悟空の泣き顔に弱かった。

だが、今回は絶対に拒否できない三仏神からの下命。
この寺院に居るための条件として受け入れた三蔵の果たさなければならない責任であり、義務だから。
約束だから。

三蔵はふわりと悟空を抱きしめると、

「…帰ったら一緒に居てやるよ」

そう悟空の耳元で呟き、金鈷に口付けを落とした。
悟空はその呟きに、微かな笑顔を浮かべる。

「…約束、だかんな」

離れようとする三蔵の頬に悟空は口付けると、三蔵の腕からすり抜けて寝室に駆け込んでしまった。
その一連の動きに、三蔵は瞳を見開いてしばし立ちつくした。
そこへ笙玄が三蔵の荷物を設えて、戻ってきた。

「三蔵…様?」

立ちつくす三蔵に笙玄は、どうしたのかと怪訝な声音を向ける。
その声に我に返った三蔵は、笙玄の持った荷物を引っ攫うように掴むと、逃げるように寝所を出て行った。
三蔵のあまりな早業に、今度は笙玄が立ちつくす。

と、寝所の扉が開かれ、三蔵が首だけを出して、

「帰ったら休暇だからな」

そう告げた。

「はい」

三蔵の滅多に見ない子供じみた態度に笙玄は、笑顔で頷くのだった。




年中無休の三蔵の仕事。
たまには休みが欲しいじゃないか。
それが可愛い小猿のためなら、尚のこと。

それは、数えるほどの三蔵の休暇。
その為の約束。
その為の努力。

年中無休の三蔵の仕事。

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