葡萄の葉 |
一匹の鹿が、猟師たちから逃れて葡萄の下に隠れました。 そして───
「何をそんなに熱心に読んでいるんですか?」 洗濯物を取り込んできた笙玄が、長椅子を机代わりにして絵本を読んでいる悟空の後ろから覗き込んできた。 「…えっと、イソップ童話っていうの」 頷く悟空の顔が、答えとは正反対に曇っている。 「悟空?」 笙玄の問いかけに悟空は、何でもないとぎこちない笑顔を浮かべた。
絵本を抱えて回廊を走った悟空は、大扉を出た所で修行僧とぶつかった。 「──…って!」 小柄な悟空の身体は、勢い跳ね飛んで回廊に転がった。 「ご、ごめん。大丈夫か?」 呻く僧侶を心配げに見上げる悟空の身体が、また、今度は力一杯突き飛ばされた。 「妖怪に触れたなど、汚れたわ」 回廊に座り込んだままの悟空に冷たい一瞥を投げると、僧侶達は行ってしまった。
───これは、本当だったのですが、 何か動物が葡萄の葉の下に隠れていると思って、 「こんな目に遭うのも当たり前だ。
悟空の足は、無意識に三蔵の居る執務室へ向かった。
「なあ、俺…三蔵に逢えてすっげー嬉しい。暗い岩牢から見てるしかなかった外の世界を俺にくれた。俺、今毎日が幸せっていう気分なんだ」 奥の院にある沙羅の木にもたれて、悟空は話す。 「…うん。三蔵のこと大好き。でも…でもさ、俺、妖怪だから、寺の奴らが三蔵に相応しくないって、汚れてるからダメだって…」 はらりと咲き始めた白い花の花弁が、悟空の膝に落ちた。 「なあ、俺、三蔵の傍に居ても良いのかな?俺が居ると迷惑かな?俺の所為で三蔵が酷い目に遭ったりしないかな…?」 そう言って見上げた沙羅の梢に、悟空は眩しそうにその金瞳を眇めた。 「傍に居ても良いのか、訊いても三蔵、怒んないかな?寺の奴らが俺に何かするのは、俺が三蔵に迷惑かけてるからか、訊いてもいいかな?」 投げ出していた足を両腕で抱え、悟空は丸くなった。 「…役に立つようにもっと、いっぱい覚えなきゃいけないかな…」 また、はらりと白い花弁が、悟空の髪に舞い降りた。 「………俺…三蔵と居たいって、言っても…」 呆れた三蔵の声が、悟空の声に答えた。 「さ…んぞ?」 自分を見上げてくる心なしか潤んだ金眼に、三蔵は小さく息を吐くと、悟空の目の前にしゃがんだ。 「……?」 三蔵の仕草を何処か怯えたような気配を纏って、悟空は見つめる。 「言いたいことがあるならはっきり言えと、いつも言ってるだろうが。それにお前に少々迷惑を掛けられても、俺は痛くも痒くもねぇ。お前は、お前の望む通りに生きて、俺の傍に居ればいいんだよ」 と言って、くしゃくしゃと悟空の頭を掻き混ぜた。 「泣くな、笑ってろよ」 頷く悟空に三蔵は、微かに口角を上げて笑った。 |
リクエスト:文字を覚えるために読んでいた絵本の中のお話を読んで、このままここに居ていいのか、迷うようなお話 |
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ありがとうございます。 謹んで、みつまめ様に捧げます。 |
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