携帯電話 (from two sides)
「…うん、そう…新聞で騒がれてるほどじゃないよ」

自室のベットに寝ころんで、悟空は嬉しそうに笑う。

「大丈夫、悟浄が行き帰りに付いて来てくれる。つっても車なんだけど…」

くすくすと笑い声が漏れる。

「緊張感無いって?無防備だって?」

電話の向こうの声は、酷く不機嫌で、何処か呆れて果てている。
その声に、悟空の口元は笑みが絶えない。

「うん、わかった。気を付ける」

心配性な恋人は、出張で海外に出掛けている。
ネットニュースで、悟空の組と第三勢力の組織の抗争が、激化していると知っての電話だ。
だが、総本部までは手が出せないらしく、末端組織同士の小競り合いにすぎない。
そんなことを堅気の恋人に説明しても、納得がちゃんと得られるわけではないから、悟空はあえて口にしない。
それが、恋人の心配を煽ると分かっていてもだ。

「それよりさ、出張はいつまで?」

それまでの楽しそうな声が、不意に曇る。

「えーっ、まだ二週間も残ってるのぉ…」

恋人の答えに、悟空の頬がぷっと、膨れた。

「…寂しいじゃんか…三蔵」

綺麗な金眼に薄く膜が張ってくる。
うなだれた声に、電話の向こうの声が一段と優しくなった。

「ホント?」

恋人の言葉に、悟空の顔がぱっと、明るくなった。

「じゃあさ、おっきなぬいぐるみがいい」

くるっと、仰向けに寝返ると、泣きそうだった悟空の顔が、晴れやかに輝いた。
恋人に土産を強請ったら、了承を得たのだ。

「うん、楽しみに待ってる」

悟空は身体を起こす。
そして、

「…大好き。おやすみ、三蔵」

誰も居ない部屋で、頬を赤く染めて、悟空は電話の向こうの恋人にそう告げると、電話を切った。




恋人の就職が決まったその日、彼がくれた携帯電話。
登録されているのは、お互いの電話番号とメールアドレスだけ。
着信履歴もお互いの名前だけ。

違う世界に住まうからこそ必要な連絡手段。
銀色の小さな機械。

自分と彼を繋ぐ確かな声の糸。



「また、明日な…」

悟空は、そっと携帯電話を抱き込むと、そのまままた、ベットに転がった。

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