壊れた時計 |
「三蔵のバカ──っ!」 悟空の叫び声と一緒に投げられた時計は、戸口に立った三蔵を逸れて、壁に当たって砕けた。 「なら、勝手にしろ」 寝台の上で小さな子供の様に泣きわめく悟空に背を向けると、三蔵は寝室を出て行った。 「──……バカぁ…っくぅ…」 悟空は掛布を頭から被ると、寝台に踞って泣き出した。
くぐもった悟空の泣き声を扉の外で聞きながら、三蔵は深いため息を吐いた。 連れて行けるものなら連れて行ってやりたい。 それが、約束を破ることになっても。 今年の誕生日、悟空とかわした約束。 固く約束はしたが、それでも今回ばかりは連れて行けない。 三蔵は居間で心配に顔を曇らせている笙玄に近づくと、 「後は、頼む」 そう告げて荷物を受け取り、出掛けていった。
三蔵が出掛けた気配を感じて、悟空はもそもそと寝台から這い出した。 「三蔵の嘘つき…連れて行ってくれるって言ったくせに……」 止まったはずの涙がまた、金色の瞳から溢れた。 「…何…?」 開けた扉の隙間から覗いた悟空の姿に、笙玄は小さく笑うと、声をかけた。 「おやつ食べませんか?」 うつむいたまま、悟空が首を振る。 「そうですか。せっかく昨日、三蔵様が悟空にと、街へお出かけになった折りに買ってお出でになったのに?」 笙玄の言葉に思わず悟空の顔が、上がった。 「ここのお饅頭は美味しいんです。でも、作ってる数が少ないとかでなかなか買えないんですよ」 泣き腫らした瞳が、困惑した色を浮かべて笙玄を見返している。 「悟空とお食べになるおつもりだったんですが、お仕事でお出かけになってしまわれちゃって…。だから、悟空、食べちゃいましょうか?って、お誘いしてるんですよ」 にこっと笑う笙玄の笑顔をしばらく見つめた後、悟空はうっすらと膜の張りだした瞳を笑う形に歪めた。 「…待ってるよ。さんぞ、帰ってくるの…んで、一緒に食べる…」 悟空の言葉に笙玄は優しく返事を返した。
少し眠ると笙玄に告げて、悟空は寝室に戻った。 身体に纏った掛布を引きずりながら寝台に戻る足に、砕けた時計が当たった。 「…帰ったら、お帰りって笑って言うんだ…」 そう言って微笑って、ぎゅっと、壊れた時計を悟空は抱きしめた。 |