首がちぎれ欠けたぬいぐるみを見つけた。
街から寺院へ帰る途中の木の根元にそれはあって、黒くて丸い目が寂しげに空を見つめていたから、つい手を出してしまった。「お前、捨てられたの?」
ぽんぽんと汚れを払って悟空はそのぬいぐるみをそっと、拾い上げた。
「いっしょに連れてってやるよ」
にこっと、笑いかけ、悟空はそれ以上首がちぎれないようにシャツの裾にくるむと、寺院へ戻って行った。
「ただいまぁ」
「ああ…」
「さ、んぞ…」
寝所の扉を開けて、そこにいつもは居ないはずの三蔵の姿を見つけ、悟空は一瞬固まる。
その様子に三蔵が訝しげな視線を向ける。
悟空はその視線に気付かないまま、そっと寝所の扉を閉めた。
そんな様子を新聞の影で伺いながら、いつもなら勢いよく駆け込んでくる悟空が、今日に限って静かに寝所に入ってきたことに、三蔵は顔を顰めた。
「…笙玄は?」
キョロキョロと部屋を見回して、側係の笙玄を探す。
その手元を見れば、何やらシャツの裾が不自然に膨れていることに三蔵は、気が付いた。
「なあ、笙玄は?」
「買い出しだ」
ばさっと音を立てて新聞をたたみながら、三蔵が答えた。
その返事に、悟空は小さくため息を吐く。
「おい」
「え、あ…何?」
不意の呼びかけに、悟空はあからさまにびっくりする。
「それは、何だ?」
「な、何が…?」
「腹に隠してるもんだよ」
「…あぅ」
三蔵の指摘に悟空はぎゅっと、膨れたシャツを抱え込んで、困ったような、泣きそうな表情を浮かべた。
「サル…?」
三蔵の怪訝な声に悟空は、恐る恐るシャツの中から先程拾ったぬいぐるみを取り出した。
「何だ、それは?」
「あ…えっと…ぬいぐるみ?」
「見りゃわかる。そんなちぎれかけたものを何で拾ってきた?」
「…寂しそう、だったから…」
悟空の返事に、三蔵は思わずこめかみに手を当てた。
そんなちぎれかけて、捨てられていたであろうぬいぐるみが寂しそうだと言う悟空にこめかみが疼く。
いつもそうだ。
何かモノでも生き物でも拾ってくる時の理由の大半は、寂しそうだったから、だ。
どこをどう取るとそんな感情がモノや動物に湧くのか、三蔵には理解しがたい。
だが、この子ザルはその気持ちだけで拾ってくる。
それが悪いとは三蔵も思わないが、壊れたモノまで拾ってくるのは勘弁して欲しかった。
動物のケガは治療すれば済むが、壊れて修理の利かないモノまでは面倒見切れない。
根気の続く限り説得し、捨てさせるのだが、そのたびに涙に濡れる金眼に、分けもなく罪悪感を感じるのだ。
今回も捨てさせる説得をしなくてはならないと思うと、気の重い三蔵だった。
「おい、ごく…」
「ぬいぐるみは修理できるもん」
三蔵の言葉を遮るように、悟空が言葉を紡ぐ。
その必死の瞳の色に、三蔵は紫暗を見開いて、諦めたため息を吐いた。
「わかったから、泣くな」
「泣いてない」
「そうかよ。なら、針と糸、持ってこい」
三蔵の言葉に一瞬、悟空が信じられないと言う顔をした。
その表情に、三蔵の白い頬が微かに朱に染まる。
「三蔵が直してくれるんだ」
「だから持ってこいと言ってるだろうが」
「うん!」
照れ隠しだと分かる三蔵の怒鳴り声に悟空は顔をほころばせて頷くと、裁縫箱を取りに寝室へ走っていった。
その後、寝室の悟空の寝台に、新しい住人が増えた。
綺麗に洗濯され、濃い焦げ茶色のリボンを首に巻いたオレンジ色の猫のぬいぐるみが、黒い瞳を輝かせて悟空の寝台の隅に座っていた。
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