毀れた弓
足りないとこんな夜は思う。
あの日、俺が三蔵の前で怪我をしたあの日から足りない。
何かが欠けてこぼれ落ちてしまった。
悟浄は放っておけと言い、八戒は今は離れていることが必要なのだと言った。
きっと、そうなのだろう。
けれど、どこかで思ってる。
三蔵と俺の中で何かが欠けたんだって。

三蔵はああ見えて酷く脆い人だ。
強く在りたいと願って、強く在ろうと努力して、強く在る。
でも、その心は優しくて、寂しがり屋で、責任感が強くて、すぐ自分を責める儚くて脆い。

それはまるでぴんと張った弓の絃。
切れたら何かが弾けだしてしまう。

それはまるで溢れそうな程、水を湛えた盃。
一滴でも水嵩が増えれば溢れだしてしまう。

そうならないように俺は頑張って来たはずで。
そうさせないために傍に居たはずなのに。
あの晩、三蔵が何処かに行ってしまうと思った予感は当たったんだと、今、思う。

「……当たんなくてもいいのに」

呟いてみたところで何も変わらない。
でも…。

「何処にも行かないっていったくせに…」

と、あの時笑った三蔵を思い出す。
俺はこうして元に戻って、無傷で、元気なのに。
足りない。
足りないよ、三蔵。

「……さんぞの、ばか」

小さく吐いた悪態が風に攫われた。
足りなくなった俺の何かは、三蔵と逢えたら埋まるのかな?
また、三蔵と繋がるのかな?
足りない何かが、三蔵を求めて啼いた。

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