ベネチアングラス (from 愛をください) |
立ちすくむ足許に砕けたグラスの破片が、青い光を放つ。 以前、三蔵がこれは亡くなった父のお気に入りだと聞かされたグラス。 今では希少価値の高いベネチアングラス。 悟空は身動きも出来ず、その場にただ、立ちつくしていた。 どれほどそうしていただろう、ドアを開ける音で我に返った悟空は真っ青な顔でそこに立つ人影を見つめていた。 「…さん、ぞ…」 呼ばれた三蔵は悟空の様子に眉を顰めた。 「どうした?」 三蔵の声に悟空の肩が大きく震え、目に解るほどに震えた手が口元に上がる。 「悟空?」 ぱたぱたと見開いた金瞳から涙が溢れ出す。 「悟空、何を泣く?」 声もなく泣きだした悟空に驚いて三蔵が傍へ近づいた。 「………ごめ…さ…ぁ」 泣きながら後ずさる悟空と足許の破片に三蔵は悟空が何を割ったのか理解した。 大事にしていた青いベネチアングラス。 何故、悟空がそれに触れたのか。 ようやく笑顔を見せるようになったのに。 「悟空」 これ以上怯えさせないように出来るだけ静かに名前を呼んだはずなのに、悟空は弾かれたようにその場に蹲った。 「それは二度とするなと言ったはずだ、悟空!」 怒鳴った三蔵の怒気に悟空は悲鳴のように息を呑んで、硬直する。 「ご、ごめ…ごめんな、さい。ゆ、許し…てくだ…い」 きつい三蔵の自分を呼ぶ声に悟空は息を詰めた。 「…すまない」 思い出す。 「悟空…泣くな。怯えるな」 三蔵の胸から悟空の嗚咽が聞こえる。 「大丈夫だから」 抱き締めた腕に力を込めて細い肩口に唇を押し当てる。 「気にするな。壊れたものは仕方ないのだから」 吐息のような声で三蔵を呼び、ようやく悟空が三蔵の顔を見上げた。 「ケガはしていないな?」 頷いて、何か言おうとする唇を三蔵は自分のそれで塞いだ。 「俺は、お前に泣かれるのが一番困る」 その言葉に悟空は一瞬、瞳を見開いた後、三蔵の腕の中で仄かな笑顔を浮かべた。 |