煙 |
買い物から帰ってきた八戒は、部屋のドアを開けた途端、その綺麗な眉を顰めた。 戸口に立って、部屋に入らない八戒にじれて、悟空がドアと八戒の隙間から無理矢理顔を出した。 そして、悟空もまたその顔をくしゃっと、歪めた。 宿の部屋の中は白く霞むほどに煙草の煙が充満していた。 「窓ぐらい開けたらどうです?」 呆れたような怒ったような口ぶりで、荷物を入り口の机に置くと、八戒は窓を開け放った。 「ただいま、さんぞ」 そう言って、ポケットから赤いセロファンに包んだ飴玉を差し出した。 「何だ?」 にこっと笑う。 「煙草の伏流煙は、非常に有害です。あなたの周りにいる可愛い悟空や繊細な僕が、肺ガンになっては困るじゃないですか。それに、煙草を吸う理由の一つに口が寂しいっていうのがあるんですよ。ですから、煙草を吸う本数を減らすために、飴をなめるのはいいんです」 ね、三蔵、と笑顔が深くなる。
「あれ、悟浄は?」 セロファンを剥きながら、三蔵が答える。 「で、何で急に伏流煙だ、煙草を減らせだ言い出した?」 八戒が荷物を整理するために隣の部屋へ出たのを見計らって、買い物で八戒に強請って買って貰ったのだろう菓子を食べ出した悟空に、三蔵は問うた。 「へっ?あ、ああ、街でさ、禁煙しましょうってキャンペーンやってて、その主催者って人の話を聞いたんだ。んで、その飴もらった」 米菓子をぽりぽり噛みながら、そう答える。 「で、お前は?どうなんだ?」 三蔵の問いに、悟空はきょとんとする。 「俺、三蔵の煙草の匂い好き。吸い過ぎは良くないかもしんないけど、三蔵だってわかるから好き」 そう言った。 「…そうか」 悟空の言葉に、三蔵は頷くと、悟空を手招きした。 「何?」 三蔵の前に立った途端、腕を引かれ、唇が合わせられていた。 「──っ…んっ…」 びっくりして暴れる悟空の口の中に、甘い固まりが忍び込んできた。 「何だよぉ…もう…」 言いながら、どうしても赤くなる顔を悟空は、顰めてみせる。 「口が寂しい時は協力しろよ、サル」 そう言って、三蔵は嫣然と笑った。
その後、三蔵の喫煙本数が減ったという話は、聞かない。 |