影法師
夕暮れに家路を辿る影二つ。
長い影が一つになったり、寄り添ったり。




街に遊びに出掛けたまま、夕暮れの時間になっても帰ってこない悟空を珍しく三蔵は迎えに出掛けた。

初秋の空が、ほんのり微かにその頬を染めた時刻。

緩やかに下る道を歩く影一つ。
青年の色を纏いだした金糸を抱く少年。
まだ、十代で子持ちになった三蔵は、己が養い子に振り回されている気がしてならない。
今日もほら、仕事を放り出して養い子を迎えに出掛けて居るではないか。



でも……



と、三蔵は思う。

色の無かった時間に、悟空と出逢ってから鮮やかな色が付いた。
音のない世界に、騒がしいほどの音が色付いた。

悟空の何気ない言葉や態度に、ほっとする自分に、最近気が付くことが多い。
そして、抱く温かな感情。
それは何処か穏やかな春の陽差しに似て、何処か寂しげな秋の夕暮れにも似て、その柔らかさ、暖かさに三蔵は自然、口元がほころぶのだった。




街の門が見える道の終わりで、三蔵は悟空を見つけた。
その姿に感じる安堵と少しの怒り。

立ち止まって佇む三蔵を見つけた悟空が、両手を振っていたかと思うと、自分めがけて走り出すのが見えた。
あっという間に悟空の姿は大きくなり、声が聞こえたと思ったその時には、悟空は三蔵に飛びついていた。

悟空の小さな身体を受けとめながら空を見上げれば、すっかり赤く染まっていた。

「帰るぞ」
「うん!」

悟空の身体を離し、三蔵は踵を返す。
その後ろを悟空が嬉しそうに続いた。



辺りを赤く染める夕焼けに染まる三蔵と悟空。



夕焼けの赤にも染まらず、輝きを増す黄金。
そのきらめきと美しさに、悟空は思わず見惚れた。

悟空の大好きな黄金の太陽。
いつも不機嫌な顔で、すぐ殴ったり怒ったりするけれど、こうして時折与えてくれる優しさに、悟空は幸せになる。

言葉なんていらない。

その態度と深い紫暗の宝石の眼差しが、何より雄弁に三蔵の心を語るから。
何気なく差し伸べてくれるその手が、悟空を救い出してくれるから。

「…大好き」

先を行く三蔵の背中に、悟空はそっと呟いた。




しばらく歩いて、悟空の足音が付いてこないことに気が付いた三蔵が振り返れば、夕焼けの中で悟空は立ちつくしていた。
その姿が、今にも夕焼けの光の中に消えそうな気がして、三蔵は胸に湧き起こる淡い恐怖に小さく舌打つ。
それを振り払うように、

「おい、何してる?」

声を掛ければ、

「へっ?」

何とも間の抜けた返事が返ってきた。
その返事に三蔵は、ほっと、息を吐く。

そして、

「置いてくぞ」

また、歩き出した。

「あ、待てよぉ」

慌てて駆け出す悟空の足音に、そこに居る存在を噛みしめる。

追いついた悟空と先を行く三蔵の影が、やがて重なり、並んだ。




家路を辿る影二つ。

見つめる夕暮れ、秋の日暮れ。

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