コンビニおにぎり (parallel)
そいつは傷だらけで人の家の玄関脇に転がっていた。

俺は最初、死んでいるのかと思った。
薄暗い玄関灯の灯りに浮かぶ姿はどう見ても息をしているようには見えなかったからだ。
仕事から帰ったら玄関脇に死体が転がっていた───三文推理小説じゃあるまいし、そんなたわけたことがあっていいはずはない。
いいはずはないが、どうも現実らしい。
なら、このまま警察に届けてはどうか。
「もしもし、玄関先に死体が転がってるんですけど…」で、疑われるのは俺だ。
馬鹿馬鹿しいが、世の中なんてそんなものだ。
何せ、我が家は幽霊屋敷と言われる程に荒れ果てた庭を持つ一戸建てだ。
近所の人間でここに俺が住んでいることを知ってる人間が一体何人いることか。
だから、だからだ、警察に届けても不審者─つまりは俺─が、どこぞで殺人事件を起こし、その死体をここに捨てに来たと、思われてしまう。
いや、きっと思う。
それはもう弁解の余地がない程に、確実に。
そして、身に覚えのない殺人罪なんぞで逮捕される。
俺はしばらくそいつを見下ろしたまま、想像に難くないきわめて現実的なことを考えていた。
が、いい加減腹も減ったし、春とは言え今日は結構冷え込んで寒い。
取りあえず生きてるか、死んでいるかぐらいは確認しようと俺はつま先でそいつをつついてみた。
と、ひくりとそいつの躯が震えた。

どうやら生きてはいるらしい。
ということは、俺は殺人犯にならないですんだらしい。
喜ばしいことだ。
だが、このままこの傷だらけのこいつを、それも半袖半パン、夏仕様の格好のこいつをここに一晩放置すれば結局、俺は殺人を犯すことになる。
殺人犯になっちまう。
または、明日の朝、新聞配達員が新聞を配達に来てこいつを発見し、通報されれば俺は殺人犯になる。
どのみちこいつをここに放置しておくのは非常にまずいことがようやく理解できた。
俺は玄関を開け、生きてはいるが気を失っているらしいそいつを担ぎ上げた。
拾ったそいつの躯は見た目以上に軽かった。





リビングの床にそいつを寝かせた。
明るい所で見れば、そいつは傷がないところはないんじゃないかと思う程、躯と言わず、顔も剥き出しの手足も血や泥がこびり付いていた。
一体どうすればこんなに傷が付くのだろう。
集団リンチ?虐待?何にしてもろくなことではないはずだ。
関わり合いになるのはゴメンだが、それも無理かも知れない。
が、それもこれもこいつが気が付いてからっだ。
俺は取りあえず傷の手当てをすることにした。
ぬるま湯で絞ったタオルで汚れを落とし、こびり付いた血を拭いた。
傷を消毒して絆創膏やら包帯を巻き、一通り手当が終わる頃、ようやくそいつは目を開けた。

「……こ、こ…」

ぼんやりした顔で暫く辺りを見回していたが、俺に気付いて飛び起きた。
途端、呻き声を上げて蹲る。
当たり前だ、そんだけ傷を負ってるんだ、痛くないはずはないのだ。
が、動けるだけでも大したもんだ。
俺はそいつが取りあえず痛みに耐え、顔を上げるまで待った。

「で、てめえは何だ?」

顔を上げたそいつに問えば、不思議そうな顔を俺に向けた。

「…あんたこそ…誰?」

そう問い返す時には、警戒心剥き出しの野良猫みたいにこぼれ落ちそうな大きな瞳で俺を睨み返してきた。

「てめえを拾った人間だよ」
「拾った?何で?」
「人ん家の玄関先に転がってたからだよ」

俺の言葉にそいつは一瞬、瞳を見開いたあと、また、ぎゅっと視線に力を入れて俺を睨む。

「ほっといてくれりゃよかったんだ」
「なら、もう出て行け」
「…ぇ?!」

助けて貰ったと言う自覚もなく、お節介だと言う奴を世話する義務も責任もない。
むしろ清々する。
そう、俺はもともと面倒事は大嫌いだ。
これ幸い、構うなと言うのなら構わない。
出て行ってくれるならそれは有り難いことだった。
が、俺の言葉にそいつは俺が止めるとでも思っていたんだろう、虚を突かれた顔で俺を見返してきた。
その顔の幼さに嫌な予感がする。

「助けて貰った礼も言えねえガキは、とっとと出て行け」
「…助けて…くれ、た?」
「何だよ?」

俺の顔と包帯の巻かれた自分の躯や腕を交互に見て、そいつは今にも泣きそうに顔を歪めた。
泣くのか?と、身構えた俺の耳に盛大に腹の虫の鳴く声が響いた。
その声の主を見やれば、先程とはうって変わって顔を朱に染めていた。

「腹、減ってるのか?」

訊かなきゃいいのに訊いてしまう己のお人好しさに内心歯がみしつつ、俺は脱いだ上着と一緒に置いてあったコンビニの袋を取った。
顔を赤くしたままどうしたらいいのか、頼りなげな視線を送ってくるそいつに、俺は夜食に食べようと思っていたコンビニの握り飯を差し出した。

「ぇ…?」

戸惑ったように俺を見返してくるそいつに、

「喰え。事情説明はそれからだ」

そう言ってやれば、そいつは迷いながらも差し出した握り飯を受け取った。
怪我で強張っている指先で包装を剥いて、かじりつく。

「一宿一飯の恩義だ。名前ぐらい教えておけ」

ペットボトルの緑茶を開けながら言えば、そいつは食べる手を止めて小さな声で答えた。

「……悟空…あんたは?」

見返す瞳が金色だと、その時初めて気が付いた。
ひょっとして俺はこいつをこのまま家に置くのだろうか。

「俺は、三蔵だ」

自分の名前を答えながら、まんざら嫌でもない予感に気持ちが綻んだ。

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