イトーヨーカドー (parallel)
休日午後、一週間分の食料品の買い出しに三蔵と悟空は、車で十五分ほどの所にある大手スーパーに出掛ける。
車の中で悟空は、今朝の新聞に入っていた広告のチェックに余念がない。

「あ、洗剤が安い。それから…ティッシュとトイレットペーパーも買わなくちゃ」

広告を辿る指先が、楽しそうだ。

「あとは、食料と…あ、ビールがもう無いんだ」

そう言って、運転する三蔵の顔を伺う。

「なあ、ビールより発泡酒の方が安いから、発泡酒でもいいか?」
「…あれは美味くねぇ」

悟空の言葉に、三蔵は嫌そうに眉を顰める。

「わかった。ビールにするよ」

そんな三蔵の仕草にくすくすと笑う悟空を横目で見ながら、三蔵は駐車場へ車を乗り入れた。






カートにカゴを上下二段に入れて、野菜から入れてゆく。

「キュウリとナス。あ、トマト一袋と白菜、キャベツ…」

悟空が選んで入れてゆくのを三蔵はカートの側に立って見つめている。

一緒に暮らし始めて二年経つ。
最初は不器用な悟空に料理を教える傍ら、三蔵が食事の支度をしていた。
それがいつの間にか、悟空が家事一切を切り盛りするようになった。
それでも、休みの日は三蔵が食事の支度をし、家事を手伝う。
その中に週一回の買い出しも入っていた。

「三蔵、柿とリンゴどっちが良い?」

袋詰めされた柿とリンゴを差し出して、悟空は小首を傾げる。

「どっちも食べるんだろう?」

そう言えば、嬉しそうに悟空は頷いてカートへそれらを入れた。

「あ、試食だって」

たっと、三蔵にカートを預けると、悟空はソーセージやハムのコーナーに置かれた試食品をつまむ。

「うめぇ…さんぞ、これいい?」

片手に楊枝、片手にその商品を上げて、三蔵に許可を求める。
悟空の以外に大きな声に、周囲の買い物客が三蔵へ視線を向けた。
それに舌打つと、三蔵は悟空の頭をげんこつ殴り付ける。

「痛いって」
「でけぇ声、出すな。こっぱずかしいっ」
「ご、ごめん…。で、いい?」
「勝手にしろ。行くぞ」
「うん」

悟空は手に持ったウィンナーの袋をカートに入れた。




肉を何種類か選んで買い、調味料や乾物など無くなったモノや足りないモノを選んでゆく。
と、新発売らしい商品の試食品が、悟空の前に差し出された。

「新商品の卵スープです。ご試食して下さいな」

にっこり笑う店員の笑顔に、悟空も嬉しそうな笑顔を返して、それを受け取る。
店員は、傍らの三蔵にもそれを差し出したが、三蔵は受け取らなかった。
それを気にした風もなく、店員は商品の説明を始めた。

「さんぞ、これ美味しいぞ」
「良かったな。行くぞ」
「あ、待って。これ、ごちそうさま」

悟空はそう言って器を差し出す。

「いいえ」

受け取って笑い返す店員に悟空も笑い返すと、その卵スープを一つ取り、先へゆく三蔵の後を慌てて、追いかけていった。




「お前は、試食したヤツを全部買うつもりか?」

カートに入れられた先程の卵スープの素を見て、三蔵がため息を吐く。

「だってさ、美味しかったんだからいいじゃん。なっ」

嬉しそうに笑い返す悟空に、三蔵はもう良いと緩く首を振った。

「残り買ってしまうぞ」
「うん」




「三蔵、マグロ買う?」
「ああ、冷凍しとけばいいもんを適当に買っておけ」
「わかった」

悟空の問いに答えた三蔵は、踵を返した。
悟空は三蔵に言われたまま、魚やエビ、タコ、イカなどをカートに放り込む。
そう言えば、干物もと悟空はそれを入れ、三蔵が向かった酒類の売り場へ行った。

「三蔵、決まった?」

悟空が棚の間を覗き込むと、三蔵は新製品のビールを試飲していた。

「美味しい?」

見上げて訊けば、三蔵が微かに頷く。

「じゃあ、これと、いつもの買おうな」
「おい…」
「だって、三蔵、気に入ったって顔、してるから」

そう言って、楽しそうな笑いを零すと、悟空は三蔵が試飲していたビールといつもの銘柄をカートに一箱ずつ載せ、レジへ向かった。
その後ろ姿を見つめながら、三蔵は何となくのせられた気がしてならなかった。



ま、主夫の言うことは聞いておくに限るらしいからな…



昨日会社で何やら愚痴っていた紅い髪の男の顔をふと思い出し、苦笑を漏らす、三蔵だった。



何気ない休日の午後─────

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