墓碑銘 (from Gap)
白い大輪のカサブランカの花束を抱えて、悟空は墓地の坂道を上る。
初夏の陽ざしを浴びて、足下に黒々とした影が伸びる。
前を行く小柄な背中を見つめながら、三蔵は苛つきを押さえられないでいた。



向かっている墓地には、三蔵のオリジナルが悟空の両親と共に眠っている。



三蔵が生まれたその日、三蔵の身体から生まれた自分。
たった一個の細胞から試験管の中で育てられ、巨大な水槽で育まれた。
月に一度柔らかなまどろみから起こされ、オリジナルから記憶がコピーされる。

最後にオリジナルを見たのは、何時だったか。
全く自分と同じ、いや自分が同じだとは思えない、その人間。
外見は髪の毛一本、細胞の一つに至るまで同じで、持ちうる記憶も同じであるはずなのに。



「同じなのに、全然違う…んだ」



何かの折り、そう悟空は呟いていた。
例えクローンであろうとも、一人の人格を持ったれっきとした人間なのだ。
例えどんなに同じであろうとも。

自分はオリジナルほどには、悟空に優しくできない。
彼ほどの滅私奉公もできはしない。
それでも、水槽の中で、目覚めてから悟空に逢うまで、オリジナルの記憶の中の悟空に魅了されて来たのも事実で。

本物の悟空に出逢い、その存在の重さ、愛しさに三蔵は、瞬く間に虜になった。
失えば、己の存在が許せぬほどに。

そんな三蔵の想いは、まだ悟空には届かない。
悟空の心を占めるのは、オリジナルの存在。
死してなお、悟空と共にある。

白い墓標の前で、静かに額ずく悟空から、白い墓標に三蔵は視線を移した。
そこには三蔵の名前と死んだ日の日付だけだ刻まれている。
緑の芝生に囲まれた小さな墓地の小さな墓標。

悟空を庇って死んだ三蔵。
自分の末路も似たようなものになるのだろうか。
この目の前に在る大切な宝のために、この命を投げ出す日が来るのだろうか。

完全に自分の思考に嵌り込んでいた三蔵は、その腕を掴まれてようやく我に返った。
見やれば悟空が、怒ったような拗ねたような金眼で見返している。
何か言いたげに、唇が微かに動いた。
どうも、大切な何かを聞き逃したらしい。

「何だ?」

慌てて取り繕うように問えば、

「…帰る」

ふいっと、怒った仕草で顔を逸らし、来た道を悟空は足早に戻り始めた。

「おい、悟空」

慌てて後を追えば、

「ちゃんと傍に居ろよな」

と、背中越しに声が聞こえた。
その声に、三蔵の口元に、淡い微笑が生まれた。

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