その笑顔に出会えた喜び 見上げていた空よりも広く そこに在る幸せをありがとう
Come for you
「悟空、おはよう」 市場の開く頃、悟空の姿が寺院の麓の町に見られる。 寺院の参道へと続く大通りは、様々な露店や商店が並ぶ。 悟空は三蔵が執務に就く頃、寺院を出て麓の街へ降りてくる。 友達が居る広場に向かって市場を駆け抜ける悟空の姿に気が付いた大人達が、悟空に声をかける。 「お昼にお寄り。美味しいハッサクをあげるよ」 果物屋の女将が手を振る。 「後でみんなで来ると良い。うちのかみさんが菓子を焼いたからな」 雑貨屋の亭主が店先に商品を並べながら、声をかける。 「悟空、三蔵様はお元気かい?」 煙草屋の女将が声をかける。 「これ持っていきな」 菓子屋の従業員が、飴の袋を投げる。 「昨日の売れ残りだから、心配すんなよ」 その言葉に悟空は、大輪の笑顔を咲かせた。 悟空は、現金を持たせてもらっていない。 両手でもらったお菓子を大事にそうに抱えて、悟空は友達が居る広場へ走った。
昼前、寺院へ食事に帰る悟空は、果物屋の前を通った。 街へ遊びに行く時よりも速い速度で、悟空は寺院を目指した。
「たっだいまぁっ!」 勢いよく扉を開けた悟空の頭に、三蔵の振るうハリセンが見事に決まった。 「このサル頭!何度言えば静かに出入りできるんだ!」 悟空の悪態に三蔵が、もう一度ハリセンをその頭に振り下ろした。 「どの口が言ってやがる、この口か?この口か?」 三蔵のハリセンを振り払うように立ち上がると、悟空は三蔵を睨んだ。 「んだよ、せっかく一緒に昼ご飯食べられると思って急いで帰ってきたのにぃ」 と、援護の声が入った。 「笙玄」 にこにこと、悟空を洗面所に導いてゆく。 「甘やかしやがって」 ちっと舌打ちをして三蔵はハリセンをしまうと、食卓に着いた。 「さあ、召し上がれ」 笙玄が悟空の前にご飯茶碗を置いて、昼食が始まった。
「いってきまーす」 大きく手を振って悟空は、また、街に遊びに出掛けた。
───俺も友達と一緒に食べたいなぁ…
その何気なく零れた言葉。 好意と信じてもらった菓子に毒が仕込まれていた。 だが、街での悟空は皆に可愛がられている。 そして、大人達が悟空を初めとする子供らに菓子を配っていた。 それでも、街で友達と一緒にもらう食べ物は、食べても良いと許可を出せなかった。 三蔵の想いなど悟空は知るよしもなく、今日悟空の口から紡がれた言葉に、三蔵は小さく自嘲の微笑みをその口元にはいた。
信用しねぇと、いけねぇのか…
書きかけの書類に意識を戻しながら、三蔵は街で遊ぶ悟空の姿を思い浮かべていた。
昼過ぎ、悟空は街の入り口で友達と待ち合わせ、いつもの広場に騒ぎながら通りを歩いていた。 「…そんでさ、俺が…てっ!」 横を歩く友達に昼食の時の話をしていた悟空は、前から来る人の集団に気が付かず、見事にぶつかって道に転がった。 「気を付けろ!」 転がった悟空の頭の上から怒声が、降る。 「ご、ごめんなさ…い…」 慌てて謝って顔を上げれば、そこにいたのは寺院の僧侶達で。 突然の僧侶達の暴力に、子供達は竦み上がる。 「お前ら、こんな妖怪と遊んでいるとろくな人間にならないぞ」 一塊りになった子供達に、そう告げると僧侶達は歩き去って行った。 「大丈夫?悟空…」 泣きそうな華の声に、そっと肩を揺する艮の声に、悟空は咳き込みながら身体を起こすと、笑った。 「大丈夫…へーき」 後ろから聞こえた声に振り向けば、露店の女将が呆れた顔をして立っていた。 「ごめんね。止める間もなくってさ」 手当をしながら女将が、悟空に謝る。 「…ううん、大丈夫。ホントへーきだよ」 女将の言葉に悟空は何でもないと、笑う。 「…良い子だね、悟空は」 女将は心配する友達に、笑いながら「大丈夫」と言う悟空の頭をくしゃっと掻き混ぜる。 「おばちゃん、ありがと」 立ち上がった悟空は、女将にぺこりと頭を下げると、友達と駆けだして行った。
日暮れ前、三蔵はふらりと寺院を出て、街へ向かった。 暮れなずむ空は、柔らかい太陽の光に満ちて、気持ちを和らげる。
「あ、もう帰んなきゃ」 鬼ごっこの途中で立ち止まった悟空が、うっすらと茜色に染まりだした空を見つめて呟いた。 「悟空、つーかまえた」 ぱふっと、悟空の背中に飛びついた瞬瑛を受けとめる。 「ゴメン、もう帰んなきゃ」 瞬瑛を振り返って、悟空が謝る。 「もう帰るの?」 悟空の言葉にそれぞれが頷く。 「やる。街の入り口まで一緒に行くから、その間に食べようぜ」 そう言って、笑った。 「ねえ、悟空、食べちゃえば?」 萌春が小首を傾げて、悟空の顔を覗き込む。 「でも…」 萌春が声を発する前に、聞き慣れた声が許可を下した。 「へっ?」 見れば、三蔵が立っていた。 「どうした?食わねえのか?」 そう言って悟空は嬉しそうに笑うと、饅頭にかじりついた。 「帰るぞ」 三蔵が踵を返す。
夕暮れの買い物に賑わう通りを歩きながら、悟空は嬉しくてしかたなかった。 「なあ、もう仕事終わったのか?」 艮にもらった饅頭を食べてしまった悟空は、三蔵の法衣の袂を引っ張ってみる。 「終わったからここに居るんだよ、サル」 ぷっと膨れて見せても三蔵と一緒に歩けることの方が嬉しくて、悟空の顔はすぐに笑み崩れてしまう。 「三蔵様のお迎えかい?」 露天商の女将が声を掛ける。 「また、遊びにお出でよ」 果物屋の女将が、手を振る。 「悟空、これ三蔵様と一緒に食べな」 ぽんと、菓子屋の主人が悟空の手にせんべいの袋をのせた。 「さんぞ…」 どうしようと傍らの三蔵を見上げれば、 「すまんな」 そう言って菓子屋の主人に礼を言った。 「ありがと、おっちゃん!」 満面の笑顔が、悟空から溢れた。 街から出るまでの間に、さまざまな人々から声をかけられる悟空の様子に、三蔵は複雑な想いを抱く。 寺院への道を歩きながら、三蔵はとある決心を固めた。 「悟空、街で街の人間から貰った食いモンに限り、食って良い」 三蔵の突然の言葉に、悟空がきょとんとする。 「街の人間がお前にくれるものは、俺や笙玄に見せてから食わなくても良いつってんだよ」 再び告げられた言葉に、悟空は今度はその瞳を見開く。 「お前、信じてねえな」 と三蔵が言えば、ブンブンと音がしそうな程首を振って、悟空は三蔵に抱きついた。 「悟空…?」 上げた顔は、輝くような笑顔に染まっていた。 「ふん。だがな、坊主達からのモノは、今まで通りだからな」 限定での許しだと、念を押す三蔵に、悟空はしっかり頷くのだった。 その後、街で友達と菓子や果物を頬ばる悟空の姿が、見られるようになった。
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リクエスト:町の人と悟空の交流と、お迎え三蔵。 |
15000Hitありがとうございました。 謹んで、堂本 誠 様に捧げます。 |
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