one day of life 〜笙 玄〜

私の一日でございますか?

私は、朝四時に起きます。

他の修行僧達も、同じ午前四時に起床いたしますので、皆と何ら変わることは有りません。
起きたら、寝床を片付けて、洗顔です。
洗顔は、手桶一杯の水で歯をすすぎ、顔と手を洗います。

それがすんだら朝の掃除です。
皆が、本堂を始め、他の堂内、回廊などを掃除している間、私は、三蔵様の執務室と奥の院の掃除を致します。
掃除が終わりましたら作務衣から僧衣に着替え、本堂に行きます。
官長猊下以下、寺院のもの全員が集まって、朝のお勤めが行われます。

私も皆の末席にて、お勤めに参加致しますが、三蔵様は毎月、月初めと月末、節季の日と祭礼の日にお勤めをなさいますので、普段のお勤めにはご出席にはなられません。

お勤めの後は、朝餉の支度に取りかかります。
私は、三蔵様と三蔵様の養い子の悟空と私の分を三蔵様のご寝所の厨で作ります。
一汁一菜が基本の精進ですが、悟空のために生臭ものも料理いたします。
何せ、悟空は食べ盛りで、あっという間に四、五人分は平らげてしまいますので、品数も量もたくさん用意しなくてはならないのです。
でも、あの幸せそうに食べる姿を見ていますと、作った甲斐もあるというものです。

三蔵様は、悟空とは反対に食の細い方で、もう少したくさん召し上がって頂けると、良いのにといつも思ってしまいます。
それでなくてもお忙しいお方ですので、お体にさわりが出るのではないかと、心配になるのですが、あまり煩くお勧めすると、悟空ばかりではなく私にまでかのハリセンが飛んで参りますので、無理は言えないのでございます。

悟空は、三蔵様と一緒に食事をするときもあれば、三蔵様がご出仕の後で起き出してきて、私と一緒の時や一人の時など、その日によって違いますが、極力三蔵様と一緒に食べられるようにと頑張っています。

その姿は健気で、可愛らしいですよ。

あ、たまにではあるのですが、寝室に食事を運ぶことがあります。
その時は、寝室の戸口で三蔵様が、食事を受け取られ、中には入れません。
食べた後の食器も三蔵様が手ずから持って出てお出でになり、悟空がどうしているのか知ることはできません。
けれども、そんな日の悟空は昼前に疲れた顔で起きてきて、しばらくぼうっとしています。
ゆるいシャツの襟元から紅い花が見えますので、昨晩何があったのかは一目瞭然で、そのことを私が知っているなど、お二人はご存じないことです。
ですが、あまり無茶はよくないと思います。



あ、これは内緒ですよ。



朝餉を済ませた後、三蔵様の身支度をお手伝い致します。
といっても、大抵は、三蔵様おひとりで着替えられ、ご出仕なさいますので、私は、お脱ぎになったものを片付ける程度でございます。

朝餉の片づけの後、寝所の掃除、三蔵様の衣類と悟空の衣類などの洗濯をします。
綺麗に掃き清め、拭きあげ、白く洗い上げた洗濯物を干すのは、何時しても気持ちの良いものです。

後は、細々とした片付けものをして三蔵様のご公務のお手伝いを致します。

執務室にお客様が滅多にお出でになることはなく、いつも静かではあるのですが、雨の日や三蔵様のご様子がおかしな時は、必ず悟空が執務室で遊んでいます。
何をするでなく、黙って三蔵様のお側に居るだけの悟空なのですが、それだけで、刺々しかったり、イライラしたりなさってる三蔵様の空気が和らぐのですから、不思議でなりません。

日頃、ペットだ、邪魔だ、と邪険に悟空を扱われる三蔵様ですし、悟空は悟空で三蔵様のことをハゲだ、タレ目だ、暴力坊主だとか、畏れ多いことを言いますが、本当にお互いが必要なときがちゃんとわかっていらっしゃるんでしょうね、そう言うときはお二人で、寄り添っていらっしゃいます。

っていっても、身体ではなく、心なので、いらぬ誤解はなさらないでくださいね。

ご公務のお手伝いの途中でも、昼餉の支度に厨に向かいます。
途中退席でも、このことに関しては、三蔵様は何も仰いません。
なぜなら、お腹を空かせた悟空が、よだれを垂らさんばかりで遊びから戻ってきて、待っているからなのです。



ええ、三蔵様はご自分で意識なさらないところで、悟空を甘やかしておられます。



昼餉は、悟空が私と一緒にいつも摂り、三蔵様は、ご公務のきりの良いところでお摂りになります。
大抵は、お昼の時間を大幅に過ぎておられることが多くて、遅くなりすぎると抜かれることもしばしばあります。
一度、執務室にお食事をお運びしたことがあるのですが、結局お忙しくてお召し上がりになれず、かえってご公務のお邪魔をしたようです。

三蔵様は、普段から表情のお変わりにならないお方なのですが、そのお心はとても深く、お優しいのです。
ですから、いらぬご負担をお掛けしないように心がけねばと思ってはいるのですが、なかなか私には、難しいことです。




三蔵様が、ご公務の間の悟空ですか?




悟空は、寺院の裏山でいつも遊んでいたり、たまに私が掃除や洗濯をしている姿を興味深そうに付いて回って見たりと、気ままにあちらこちらで遊んでいますが、大抵は、朝餉の後から昼餉まで、昼餉から夕餉まで、それはもう泥だらけになって外で遊んでいるようです。

たまに、野良犬や野良猫、小鳥や森の獣を拾ってきてはひと騒動を起こし、三蔵様にハリセン付きの手痛いお説教をもらっていることもあります。

他の修行僧達は、下賤の輩だ、不浄な物の怪だと悟空を嫌い、蔑んでいますが、あの子は誰よりも純粋でまっすぐで、まるで太陽のように煌めいた魂を持った子供なんです。

三蔵様から悟空は、仙石から生まれた大地母神が愛し子だと以前教えていただいたのですが、日頃の悟空の言動を見たり、聴いたりすると確かに頷けるものがあります。
悟空は、本当に大地に愛され、何より三蔵様に愛さている愛し子なんです。

そんな悟空を見つめていらっしゃる時の三蔵様は、それはもうお優しい眼差しで、いつもの不機嫌なお顔が嘘のようにお美しいのです。

あ、でも、こんな事が三蔵様に知れたら、もれなく三蔵様ご愛用の拳銃の鉛玉が飛んできます。
私は、まだまだ命が惜しゅうございますので、くれぐれも内緒にして下さいませ。




三蔵様のご公務ですか?




それは、寺院内の様々な許認可事項の書類に判を押されたり、国中から届けられる書簡に目を通され、それぞれに相応しいお返事を書かれたりと、デスクワークが多ございます。
その合間に、皇帝陛下のお使者との接見や各国諸侯様とのご歓談や接待、定められた祭礼や節季の会、法要、説法などをこなされておられます。
また、一月に一回から二回、傘下の寺へ説法に出向かれますし、妖怪退治にもたまに行かれます。

三蔵様は、公の場にお出ましになられることは滅多にございません。

ですから、三蔵様が信者の方々に直接説法される日などは、ひと目そのお姿を見ようとものすごい人出になるんです。
そんな日の三蔵様のご機嫌は、あの悟空ですら近寄ろうとしないほど悪いので、翌日は絶対に三蔵様は、お休みと決められています。



ええ、怖いですよ、三蔵様は。



三仏神様からのご下命をお受けになった際のお仕事には、お一人でお出かけになることがほとんどです。
ごくたまに、悟空をお連れになることもありますが、私がお供することはありません。
なぜなら、私では足手まといになるばかりで、三蔵様に返ってご負担をお掛けすることになるからです。

あ、説法の時や体裁を繕わなければならないときは、お供させていただくんですよ。




夕方になりますと、夕餉の支度に始まる雑多な仕事があります。

夕餉は一汁三菜を基本に作ります。
朝餉や昼餉と同じように悟空のためにボリュームたっぷりに作ります。

三蔵様と悟空は必ず一緒に夕餉を摂られ、その時、悟空は嬉しそうに今日一日のお話を三蔵様に話すんですよ。
お給仕してる私にも、それは楽しそうに話す悟空の姿は、一言で言えないほどの愛らしさなのです。
そんな悟空の話を三蔵様は、黙って聞いていらっしゃいます。

一日の内で一番和やかな時間かもしれません。

私は、夕餉の後かたづけの後は、自室に下がって、一応ここで私の仕事は終わります。

三蔵様のご公務が立て込んでお忙しい時は、私が悟空の夕餉にお付き合いするのですが、三蔵様がいらっしゃるときほど悟空は話をしてくれません。
けれども、悟空は普段と変わらないと思っているので、私も変わらずにいるのですが、寂しそうな顔をしている姿を見ると、せめて食事ぐらいは一緒に摂らせてあげたいと無理とわかっていても思ってしまいます。




悟空にそう言う顔をさせる三蔵様ってどういう方ですって?




お姿はそれはお美しい方で、神々しささえ感じるほどのです。
普段は無口で、何もおっしゃいませんが、そのお心の内は感情豊かで、心根のお優しい方だと思っております。
ご自分の思いを表にお出しにならない分、こちらがお心をお察ししないと何も言わずにご負担を黙って受け入れてしまわれます。
それも、お優しいからだと、私は思っております。

でも、私より三蔵様のお心に敏感なのは悟空です。
微かな三蔵様の感情の起伏を上手に読みとって、ごく自然に三蔵様を和ませるのです。
本当に羨ましいほどのつながりを感じてしまいます。

ただ、少々お気の短い所と、お口の悪い所、すぐハリセンか鉛の玉が飛んでくるところが困った所でございます。
でもまあ、そこも三蔵様の魅力の一端ではあるので如何ともしがたいものです。




悟空ですか?




先ほども申し上げました通り、それは純粋でまっすぐな子供です。
悟空は三蔵様を太陽だと言いますが、以前、何かの折りに三蔵様が、

「あいつの方が、太陽だな」

そうおっしゃっていた通り、私もあの子は太陽だと思います。

何者にも遮られることのない明るい日差しの日向のような心を持った存在です。
誰よりも三蔵様を大切に思い、誰よりも三蔵様のお心の側に居る、宝物です。

私が悟空と初めて会ったとき、酷く私のような存在に怯えていました。
片時も三蔵様のお側を離れず、暗闇を怖がり、一人になるのをとても恐れていました。
それはもう、見ているこっちが痛々しいくらいに。
今はもう、懐かしいことではあるのですがね。



え、どうやって悟空と仲良くなったかですって?



それは、内緒です。
ええ、内緒ですとも。

三蔵様と悟空のお二人は、私にとって大切な存在です。
味気ない寺院暮らしに華やかな彩りと、命の輝きを与えてくれる大切な方々です。
そんなお二人に使えることが出来るこの幸せは、誰にも譲れません。



はい、今のこの仕事は、私の誇りです。



お分かり頂けました?

こんなところでもう、よろしいですか?

そろそろ昼餉の用意をしなくてはなりませんので、これで失礼いたします。
このお話、ここだけのことにしておいてください。
では。




end

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