orange

一週間ぶりに辿る寺院への帰り道、色とりどりに飾られた繁華街を通る三蔵の目に、オレンジ色の色鮮やかなラッピングに包まれた箱が目にとまった。
明るく澄んだその色は、冬の寒くくすんだ景色の中、残してきた養い子の笑顔を三蔵に思い出させた。

出掛ける時、一緒に行く、連れて行けと顔の半分は締めているだろう金瞳を潤ませて、願っていた。

訪れる先の寺院は、僧侶以外は人にあらずと、言わんばかりの人間ばかりで、俗世間と極端に価値観も常識も異なった、異世界に近い世間からは隔絶された所と噂される場所だった。
そんな所に妖怪の子供を伴って訪れればどんなことになるか。
どんなに想像力が乏しい人間でも簡単に想像できる事態が起こる。
それは養い子を深く、深く傷付ける程に。

そして、それは行く前の想像通り、いや、それ以上の場所だった。
訪れて、接して、体感して、三蔵は心底、養い子を連れてこなくて良かったと思った。

そう言う場所だった。

けれど、そんなことが子供に理解できるわけも、想像すら出来るわけが無く、連れて行けと、置いて行くなと、片時も三蔵の傍らを離れたくないと、法衣の袂を掴んで離そうとはしなかった。
その手を振りほどいて、側仕えの僧侶に押し付けるようにして預けてきた。
お陰で、道中も仕事の間も、響く声なき聲は、淋しい、不安だ、悲しい、恋しいと泣いていた。

今も、泣いている。

三蔵はその聲に、困ったようなため息を吐いて、そのラッピングされた箱をもう一度眺め、眩しそうにそのオレンジの色に瞳を細めた。
そして、その店に、三蔵は足を踏み入れたのだった。











梅の花が綻び始めた寝所の庭先で、悟空は所在なげに蹲っていた。
養い親の三蔵が出掛けてもう一週間になる。
三蔵が出掛ける日の朝、一緒に行きたいとずぶん我が儘を言って困らせた。

行かないでと、掴んだ袂を振り払う時、ほんの一瞬、辛そうに綺麗な紫暗の瞳が歪んでいた。
本当はとても優しい人だと知っていて、困らせてしまう。
わかっていても、一緒にいたいと、片時も離れたくないと、我が儘を言ってしまうのだ。

振りほどかれた手が、痛くて、悲しくて、いつまでも暗い顔でしょげている悟空の姿を見かねた笙玄が、そんな悟空のために小さなケーキ菓子を焼いた。
所在なげに庭先に蹲る小さな背中に声をかけた笙玄に、悟空は仄かに笑って頷いた。
そして、呼ばれるまま、寝所の居間に戻ってくると、机につくように言われた。

「チョコレートケーキ…?」

目の前に置かれた小さな丸いケーキと笙玄の顔を見比べて小首を傾げる悟空に、笙玄は頷いた。

「はい。今日はチョコレートを好きな方に贈る日なのだそうです。ですから、私もそれにあやかって大好きな悟空と三蔵様に作ってみたのです。食べてくれますか?」
「そう…なんだ…」

笙玄の言葉に悟空は大きな瞳を軽く見開いて頷いた後、もう一度ケーキへ視線を戻した。
手のひら程の丸いケーキは、チョコレートで覆われ、つるんとした姿をしている。
その天辺には薄く切られたオレンジの輪切りがのって、それを飾るようにオレンジの小さな飾りが付いていた。

「オレンジ…?」

指先でその小さなオレンジ色の飾りをつつけば、ぷるんと揺れて、悟空の瞳が綻んだ。

「美味しそう…ありがと、笙玄」

そう言って、悟空は笙玄に笑って礼を言った。
それは、三蔵が出掛けてようやく悟空に笑顔が戻った瞬間だった。












三蔵が帰り着いたのは夜遅い時間で、悟空は既に眠っていた。
寝所で待っていた笙玄が、三蔵へ、

「悟空が三蔵様にと、作ったお菓子です。こちらは夜食にでも食べて下さいませ」

そう言って、器に盛られた透明なセロファンに包まれたチョコレート菓子と、昼間、笙玄が悟空に贈ったチョコレートケーキと同じものが差し出された。

「明日、悟空にお礼を言ってあげて下さいね。本当に一生懸命作っていましたので。そして、何よりとても我慢して三蔵様のお帰りを待っていましたから。必ず、ありがとうぐらい言ってあげて下さいね。お約束しましたからね」

笙玄の言葉に三蔵は紫暗を軽く見開いていたが、

「…わかった」

と、頷いた。
どれ程悟空が我慢していたかなど、今更笙玄に言われるまでもなく三蔵は身に染みて知っているのだから。
笙玄は、三蔵が頷くのを嬉しそうに見やって、寝所を後にしたのだった。

三蔵は受け取ったそれらを机に置くと、悟空が作ったという菓子を一つ摘んで口に入れた。
途端、広がるチョコレートの甘さと甘酸っぱいオレンジの味と香。
その甘さが三蔵に帰り道で見た、色鮮やかなオレンジのラッピングを思い出させた。

あの小箱、結局買って帰ってきたのだ。
中は色とりどりにコーティングされたマーブルチョコレートだった。
けれど、中身よりもその包装紙と小箱の色に三蔵は惹かれたのだ。
何よりも愛しい養い子の姿を連想させるその色に。

三蔵は袂から件の明るく透明な、それでいて鮮やかなオレンジ色のラッピングを施されたその小箱を取り出し、悟空が作ったオレンジの果肉をチョコレートで包んだチョコレート菓子の横にその箱を三蔵は置いた。
三蔵の顔を見て安心するまで、静かになることも、止むことのない悟空の聴こえる声なき聲に、小さく笑って、

「……お前は本当に煩い…」

そう呟き、穏やかな微笑みを浮かべた三蔵は湯殿へ向かった。
オレンジ色の笑顔を思い出しながら。




end

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