おはようございます。 空の青さが一段と濃くなって、雲の白さが美しい季節到来です。 さあ、朝食の準備を始めましょうか。
折々の詩
小気味の良いハリセンの音が、居間で朝食の準備をしている笙玄に三蔵と悟空の目覚めを告げる。 今日は、夜中に悟空が三蔵の布団に潜り込んできたのが、三蔵の気に障ったらしい。 笙玄は小さくため息を吐くと、今朝の爽やかな気分そのままの笑顔で、三蔵と悟空に挨拶した。 「おはようございます、三蔵様、悟空」 その笑顔に何を感じたのか、二人の言い争いはぴたりと収まり、素直な挨拶が返ってきた。 「おはよう、笙玄」 二人はそそくさと食卓に着き、「いただきます」と両手を逢わせて、食事を始めた。 「今日は一日、執務でございます。盂蘭盆会の準備の前段階の書類が、各部門、各寺院から来ておりますので、お目を通して頂いてその決裁をお願い致します」 笙玄の告げる予定に三蔵は、げんなりした顔をする。 目の前でげんなりした表情を隠しもせず、緑茶を飲んでいる仏教界の最高僧の肩書きを持つこの若者が、実は信じられないほどの面倒くさがりで、短気で、すぐに手が出て、我が侭なだだっ子だと、気付いたのはいつだったか。 綺麗な外見と正反対の性格に、どれ程の人間が騙されているか。 だが、まだ親の庇護が必要な時から自分の足で立ち、前を向いて進んでゆく生き方を選ばざるをえなかった二人。 傍に居る時間が長くなればなる程に、その魂の汚れなさに、潔癖さに、誰よりもまっすぐな心に惹かれてゆく。
こんな三蔵様を可愛いと思ってしまうのは、罰当たりですかねぇ
笙玄は三蔵に向けた笑顔を深くすると、緑茶のお代わりを湯飲みに注いだ。
「笙玄、これ何て読むの?」 せっかくの天気の日に珍しく、悟空は執務室で本を読んでいる。 最初、絵本程度なら何とか読めた悟空だったが、少し難しいものになると読めるとは言い難い状態だった。 「これは”さみだれ”って読みます」 にこっと笑うと、執務室の床に座り込んでまた、本を読み出した。 三蔵は、結構読書家だ。 そして、ひょっとすると悟空が読書に興味を持ったのは、何より三蔵が本を読んでいる姿を見たからではないかと、笙玄は思い至った。 「俺がしたくてしてんだから、笙玄は気にしなくていいよ」 と、やんわりと拒絶された。 しかし、どんなに怒ろうと邪険に扱おうと三蔵は結局の所悟空に甘く、さりげない優しさで悟空の気の済むようにさせていた。
本を読むことはいいことですからね
頷いて、時計を見れば昼食の用意をする時間だった。
昼食の後片付けを終えて執務室に戻った笙玄を誰も居ない部屋が、迎えた。
やっぱり、逃げましたね。
今朝の予想が的中したことに、半ば呆れたため息を吐く。
良いんですけどね。お仕事が溜まるんですよ、わかっておいでなんでしょうか…
そんなこと百も承知だが、嫌なものはしかたがねえと、三蔵の言い訳が聞こえてきそうで、笙玄は口元をほころばせた。 「では、お探しいたしましょ」 声に出してそう言って、笙玄は軽くガッツポーズをとると、踵を返した。
今日は本当に天気が良い。 笙玄は、逃げた三蔵が大抵身を隠す奥の院の一番奥の祠に向かった。
ああ、今日は悟空が一緒でしたね
それを思い出して笙玄は、ぽんと手を打つと、裏山に向かった。
悟空が遊び場にしている裏山。 みずみずしい若葉に山は彩られ、命の息吹で溢れている。 笙玄はか細い山道を以前悟空に教えてもらった、お気に入りの場所へと辿って行く。 張り出した木の根を踏み越え、あるいは跨ぎ、辺りを探して笙玄はうろうろした。 涼しい風が、火照った笙玄の身体を冷やしてくれる。 こんな場所に居ると、世の些末な出来事などどうでも良い気分になる。
森を抜けたそこは、広い野原だった。 ぐるりと周囲を見渡して、ようやく笙玄は三蔵と悟空を見つけた。 二人は野原の端に生えたケヤキの木陰で、眠っていた。 笙玄はケヤキの木の根元で眠る二人の姿と周囲の景色が、まるで一枚の絵のようで、そこにそれ以上足を踏み入れることができなかった。
夕暮れ、夕食の支度が終わる頃、二人は戻ってきた。 「お帰りなさいませ」 悟空が三蔵の手を引っ張って洗面所へ向かう。
「三蔵様、決裁済みの書類は勒按様にお渡ししておきました。後の残りは今日中の処理がご希望と勒按様より伺っておりますが、如何なさいますか?」 夕食の後、悟空が風呂に入っている間に、三蔵は笙玄から引導を渡された。 「…わかった。悟空を寝かしつけたらする」 苦虫をこれ以上ないほど噛みつぶした顔で三蔵は頷くのだった。
いつも楽しいばかりじゃない。 しなければならない義務と果たさなければならない責任。 何をしても許してしまいそうになる自分を叱咤して、笙玄は夜も遅い執務室で三蔵を待つのだった。
これ以後、三蔵が悟空と仕事から逃げ出す回数が減ったとか、減らなかったとか。 とある日常のとあるお話。
end |
リクエスト:笙玄の視点から見た三蔵と悟空、二人の一日。 |
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ありがとうございました。 謹んで、たえこ 様に捧げます。 |
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