お手伝い




寺院の敷地の南端に、寺院で食べる野菜が育てられている畑がある。

その畑の手入れや農作業は修行僧達の仕事の一つだったが、その中に一カ所だけ修行僧の手の入らない場所があった。
そこは、三蔵法師が口にする野菜が育てられている五坪ほどの畑で、以前は、そこも修行僧達が交代で世話をしていたのだが、笙玄が側係になってしばらくして、そこの手入れは笙玄と三蔵法師の養い子がするようになっていた。

「笙玄、こっち側、水まき終わったぞ」

柄杓片手に、悟空が笑った。

「ご苦労様です」
「次、何したらいい?」
「では、さっき掘り出したジャガイモをこのカゴに集めてくれますか?」
「わかったっ」

笙玄が指さす先を見つめ、差し出されたカゴを受け取ると、悟空は手に持った柄杓をバケツに投げ入れた。
そして、ジャガイモを集め始めた。

「悟空が手伝ってくれるようになったら、収穫が上がりましたねぇ」

笙玄は目を細めながらジャガイモを集める悟空の姿を見て頬笑んだ。






悟空は大地の子。
大地母神が愛し子。

大地に育つモノ全てが、悟空に触れたがる。
悟空を抱きしめたがる
その大輪の花のような笑顔を向けて欲しくて、花弁を輝かせ、実り、繁り、咲き誇る。

だからなのだろう、畑の作物達も悟空のためにたわわに実る。
味も美味しく、色も艶やかで、素人が育てたとは思えない姿を見せてくれるのだ。



大地の御子に感謝を捧げなくてはいけませんね



笙玄は、蔓の伸び始めたキュウリに添え木を充てながら嬉しそうに笑った。




「美味しそうだな」

風が悟空の長髪を揺らして、何か話しかけるのか、くすくすと笑いながら話す声が聞こえる。

「ダメだって。還んないって」




大地は悟空に還ってくるようにいつも誘うのだと、以前悟空が話してくれた。
でも、還らないのだと、その時、笑っていた。
何よりも大切で、誰よりも大好きな黄金の太陽が、此処に居るから。
いつまでも傍に居たいから。
それはそれは幸せそうに、笑っていた。
それでも、いつも大地は、自然は風に乗せ、陽の光に寄せ、月光にのせて、梢に花影に、星影に、水の流れに雨に溶けて悟空を誘ってくるのだと。
ちょっと困った顔をする。
その姿も愛らしく、三蔵が溺愛する気持ちが、よく分かった。




「また、たくさんなってくれよな」

弾む声が聞こえた。
そして、すぐ傍に悟空の気配を感じて振り向こうとした笙玄の背中に、悟空が飛びついた。

「笙玄!」
「終わりました?」
「うん!」
「ご苦労様です」
「笙玄は?」
「終わりましたよ」

立ち上がろうとする笙玄から離れて、悟空は傍らに置いたカゴを持ち上げてみせる。

「たくさん採れましたね」
「うん!三蔵、喜ぶかな?」
「はい、きっと。今夜はこのジャガイモで何か作りましょうね」
「ホント?」
「ええ、何がいいですか?」
「何でもいい!笙玄の作るご飯、美味しいからさ」
「では、腕によりを掛けて作りましょう」

そう言って笑う笙玄に、悟空も嬉しそうに笑い返した。

「悟空、先に戻っていて下さい。私は道具を片付けてから戻りますから」
「分かった」

頷いて悟空は、収穫した野菜の入った手提げカゴとジャガイモの入ったカゴを持つと、畑の入り口に向かって歩き出した。
それを見届けて、笙玄はバケツや鍬を物置に戻すべく、踵を返した。






悟空は畑の入り口で、ふと呼ばれた気がして振り返った。

目の前には青々と繁る野菜たち。
夕暮れを感じさせる太陽の光に、艶やかな光を放っている。

「…呼んでくれるんだ」

悟空はふわりと笑顔を浮かべた。
その笑顔を抱きしめるように、風が悟空の身体に纏い付く。

「嬉しいけど、俺…一緒に居られないから、ごめんな」

呟くように返された返事に、畑の作物達がざわりと、揺れた。
悟空の金眼が、愁いを含んで微かに潤む。

「でも、大好きだから、大好きだから…ね」

潤んだ瞳を何度か瞬いて、悟空は儚い笑顔を浮かべた。
風が、作物達が大丈夫だとでも言うように、吹きすぎ、揺れた。

「…ありがと…」

今度は明るい笑顔を浮かべると、悟空はゆっくりと背中を向けたのだった。






畑を出てすぐ、笙玄が追いついた。
悟空の持っていたカゴを一つ持つと、悟空は笙玄と手を繋いだ。
その珍しい仕草に、笙玄が鳶色の瞳を見開く。

「悟空?」
「ちょっとだけ…な」

はにかむようにそう言うと、悟空はもう何も言わなかった。
笙玄もまた、小さく返事を返しただけで、何も訊こうとはしなかった。

三蔵の元へ戻る笙玄と悟空の姿を色付き始めた空が、見送っていた。




end

close