それは偶然。




三仏神の下命で出掛ける三蔵を見送った翌日の事だった。
遊びに出掛けるその途中、悟空は見てしまったのだ。




be patient




その盃は過日、皇帝の縁戚に連なる貴族から三蔵と寺院に献上、奉納されたものだった。
本殿の宝物庫に入れる前に、信者や寺院の僧侶達に公開されていた盃は、透き通るように薄い玻璃に、細かな細工を施した見事な逸品だった。

公開されている間は、人が大勢出入りするためどうしても埃が立つ。
その埃を払う係に、その日その僧侶は当たっていた。

一日に積もった微かな埃や汚れを払う。

高価で、希少価値の品だから、粗相があってはいけないと慎重になればなるほど、気持ちに反比例して身体は強張り、手には力が入ってゆく。
力の入りすぎた手は当然のごとく震え、遂に手から盃がこぼれ落ちてしまった。

薄い玻璃の盃は床に当たった衝撃で、物の見事に砕け散った。
細かな破片が、差し込む午後の陽ざしに光って、散ってゆく。



そこへ、悟空が通りかかった。



澄んだ音を響かせて砕けるその音を悟空は、聞き逃さなかった。

「何の音だろ?」

不思議な澄んだ音に悟空は辺りを見回し、目の前の御堂を覗き込んだ。
その途端、狼狽え、真っ青になった僧侶と目が合った。
澄んだ悟空の金晴眼が、僧侶には痛かった。

「何?」

きょとんと見返す悟空の言葉に、限界まで張りつめていた僧侶の神経は切れた。

「うわあぁあぁぁぁ──っつ!!」

凄まじい、悲鳴と紛うほどの絶叫を僧侶は放った。
その声のあまりの凄まじさに悟空は、驚きと共に恐怖すら覚え、その場に怯えて立ちすくんでしまった。
すぐ、僧侶の叫び声に何事かと、周辺にいた他の修行僧達が集まってきた。
そして、御堂の中を覗き込んで、その惨状に皆、声を上げた。

「何としたことか」
「大それた事を…」
「どうするんだ」

口々に嘆き、悲鳴を上げその場に踞って震えていた僧侶を助け起こす者達の一人が、立ちすくむ悟空に気が付いた。

「お前か?お前がやったんだな!」
「…ち…ちが……」

言い訳も逃げる間もなく、悟空は取り囲まれ、御堂の裏へ引きずられた。






残虐な行為が、始まった。






果てしなく続く痛み。
浴びせられる罵倒。

悟空は、意識を失うことすら許されなかった。

気を失えば、水を掛けられ、意識を起こされる。
口にボロ切れを突っ込まれて、悲鳴を上げることすら出来ない。
両手足を縛られ、まるでサンドバックのように悟空は、僧侶達に殴られ、蹴られ続けた。

そんな行為がどれ程続いたのか。

全ての行為が終わった時、そこにはボロ布のようになった傷だらけの悟空の姿があった。
完全に意識のなくなった悟空に、僧侶達は日頃の鬱憤を晴らし尽くしたのか、残虐な行為に酔いしれたのか、何とも晴れ晴れとした顔をしてその場を立ち去っていった。

当の盃を壊した僧侶は、青ざめた顔のまま、地面に転がる悟空の姿を振り返り振り返り、その場を去っていった。
















夕餉の支度が整い、いつもならとっくに帰ってきている悟空の姿が、いまだに見えないことに、笙玄は嫌な胸騒ぎを覚えていた。

三蔵が留守の間の悟空は、どこかしら寂しげで、外で遊んでいても夕餉の時間より早めにいつも戻ってきて、支度をする笙玄の側に居ようとする。
まるで、三蔵の居ない淋しさを埋めるように、金眼を揺らしている。
まして、今回の三蔵の遠出の期間は長い。
尚更、笙玄の側に居たがるはずなのだ。
それが、戻ってこない。



お友だちが、出来たのでしょうか…



そんなことも思いながら待てど、悟空の戻ってくる気配は無かった。

夕日が、ほとんど山の端に沈む時間に、笙玄はいても立ってもいられず、悟空を探しに出掛けた。




そして─────




御堂の裏に、見るも無惨な姿で倒れている悟空を見つけた。

「ご、悟空─っ!!」

悲鳴のように悟空の名を呼んで、笙玄は悟空の側に駆け寄り、座り込んだ。

「ああ…あ、悟空…」

笙玄の呼ぶ声にもぴくりとも動かない悟空。
嫌な予感に震える身体を叱咤して、笙玄は悟空をそっと抱き起こした。
その拍子に痛みが走ったのか、悟空の口から小さな呻きが漏れた。

「…悟空…」

生きていた。
ほっと息を吐きながら、腕の中の悟空の様子を改めて見た笙玄の顔から、今浮かんだ安堵の色が消えた。

傷のない肌を探す方が困難なほど傷つけられた幼い身体は、それとわかるほど熱を持ち、痛みと熱で悟空を苛んでいた。

笙玄は、意識のない悟空を抱き上げると、寝所へ走った。






寝台に寝かせるその衝撃にさえ痛みが全身に走るのか、悟空は意識のないまま、呻き声を上げる。
その声に、顔を曇らせながら笙玄はボロ布同然の悟空の服をはさみで切り裂いて脱がした。
そして、身体に着いた泥と血を拭っていく。
タオルが触れるその柔らかな感触にも悟空は身体が痛むのか、声を上げる。
声が上がるたびに傷を拭う手が止まるが、このままにして傷が化膿しては困るので、笙玄は唇を噛んで、拭ってゆく。

「もう少し、我慢して下さいね」

そっと夜着を着せ、熱い額に冷たいタオルを載せると、

「康永先生を呼んできますから、待っていて下さい」

意識のない荒い息を吐く悟空にそう言い置いて、笙玄は寺院専属の医師、康永を呼びに行った。






「…惨いことを…」

傷の手当てを終えた康永が、そっと悟空の丸い頬を撫でた。

「先生…」

血の気のない笙玄の青ざめた顔を振り返って、康永は安心させるような笑顔を浮かべた。

「大丈夫、酷い打ち身だが、内臓に支障はない。しばらくは発熱が続くが、命の心配はせんでいいよ、笙玄」
「は…い…」

康永の言葉に笙玄は、思わず涙ぐんだ。
浮かんだ涙を袖口で拭いながら頷く笙玄に、康永は訊ねた。

「何があったんだ?あの子をあれほどに痛めつけなきゃならんほどの理由…」
「…わかりません。でも…三蔵様がお留守の間にこんなことになるなんて…私は…」
「自分を責めるな。悪いのは坊主共で、お前は悪くないのだから」
「でも…」

尚も言い募ろうとする笙玄を目で制して、康永は立ち上がった。

「側について居てやりなさい。目が覚めて一人では心細い。それに三蔵様がお帰りになるまでに少しでも元気になっていてもらわんと、心配性の三蔵様を苦しめる。それは、あの子も望んでおらんだろう?」
「はい…」

諭すように言い聞かす康永の言葉に笙玄は頷く。

「そう、それでいい。何かあったら呼んでくれ」

康永はぽんぽんと、笙玄の肩を叩き、診療所に戻っていった。

「ありがとうございました」

帰ってゆく康永の背中に深々と笙玄は、一礼した。
















悟空を苛む熱は、それから三日ほど続いた。

その間、何度か目を開いて、何かを探す様子を見せたが、意識の回復は見られなかった。
笙玄は悟空の看病の傍ら、なぜこんな酷い仕打ちを受けたのか密かに調べて回った。



そして、知った真実。



玻璃の盃を壊した僧侶の罪の意識に耐えられなくなっての告白を聞いた笙玄は、胸の内に言い知れぬ怒りが、生まれたのに気が付いた。

そう、悟空はたまたまそこに居合わせただけなのだ。
盃の砕ける音を聞いて、御堂の中を覗いただけなのだ。

自分の不注意が、三蔵様の養い子にあんな仕打ちを与えることになるとは…。

濡れ衣を何も知らない悟空に着せたまま、黙っていることにもう耐えられないからと、件の僧侶はそう笙玄に告白すると、自分から寺院を立ち去って行った。

寺院を出る日、裏門から一人立ち去る僧侶を笙玄は黙って見送った。

詰りたい気持ちは、この胸に溢れるほどあった。
殴りたい衝動は、押しとどめることが困難なほど逆巻いていた。
だが、己の非を認め、悟空に謝っておいてくれと何度も頭を下げ、己の犯した過ちに打ち拉がれている人間を責め立てるほど、笙玄は落ちていなかった。

「三蔵様に本当に申し訳なかったと、あの子供に早くケガが治るように祈っているとあなたからお伝え下さい。私は、故郷に帰ってやり直します。お世話になりました」

深々と頭を垂れて、去っていく僧侶に、

「道中、気を付けて…」

とだけ、声を掛けた。
その言葉に僧侶は振り返ると、寂しげな笑顔を返して寄こしたのだった。















悟空が目を覚ましたのは、それから二日ほど経ってからだった。

ゆっくりと開かれた黄金が何かを探して彷徨い、鳶色の瞳と出逢った。
何度かまばたきした後、悟空は薄く笑った。

「…笙、玄?」

掠れた声で。
その問いに頷き、笙玄は悟空の瞳が無意識に三蔵の姿を捜していることに気が付いた。

「まだ…お戻りではありませんよ」

笙玄の言葉に悟空ははっとしたように瞳を見開くと、ほんのりと頬を染めた。

「気分はどうですか?痛みますか?」

ほんのりと染まった悟空の頬に気付かないふりで、笙玄は悟空の容態を訊ねた。
その問いに気だるげに首を振ると、悟空はまた眠ってしまった。
そんなやり取りが、それからまた二、三日続いた。
眠っては起き、起きては眠る、回復の兆しが見えない日々が続いた。






夜半、悟空は喉の渇きで目が覚めた。
そっと、身体を起こし、枕元の水差しを取ろうと手を伸ばした。
体中を走る痛みに、歯を食いしばって耐える。
が、痛みに震える手に水差しは滑るように離れ、床に落ちて涼やかな音を立てた。
その音にすぐ寝室の扉が開き、笙玄が急いで入ってきた。

「悟空?」

駆け寄る笙玄の声に悟空は、安堵のため息を吐くと、寝台に倒れ込んだ。

「どうしました?大丈夫ですか?」

常夜灯に照らされる笙玄の心配そうな顔に、悟空は緩く首を振った。

「ごめん…水飲もうとしたら、落として…」

見れば、水差しが床で砕けていた。

「喉が渇いたんですね。すぐお水、持ってきますから。大丈夫ですよ」
「…うん」

笙玄はぽんぽんと、悟空の胸の辺りを軽く掛布の上から叩くと、水を取りに出て行った。




三蔵が、居ない。

笙玄は良くしてくれるのに、三蔵が居ない。
早くケガを治さないと、三蔵に迷惑をかけるのに。

三蔵が居ない。

あの金色の不機嫌で優しい太陽の姿を見ないと、落ち着かない。
あの声を聞かないと、眠れない。
元気が出ない。

笙玄が水を新しい水差しについで戻ってくるその僅かの間に、悟空はひとしきり泣いて、涙を拭っていた。




「起きられますか?」
「うん…」

笙玄に支えられて悟空は、痛む身体を起こした。
その痛みを我慢する悟空の身体の強張りに、笙玄は一抹の淋しさを感じる。

傷だらけの悟空を見つけて、手当をしてほぼ二週間。
その間、意識のない間以外、悟空が笙玄に痛みを訴えることはなかった。
歯を食いしばり、身体を強張らせ、脂汗を流しても決して、痛みを訴えることはない。
それは、笙玄に弱音を吐きたくない悟空のプライド。
だが、弱音を見せてもらえるほどには、まだ、受け入れてもらっていないと言う証。
ケガの治りが遅いのも、そこに原因があるのかも知れなかった。



三蔵様…私では、まだ無理のようです…



「ありがと」

悟空はコップに半分ほど水を飲んだ。
ケガをして以来、痛みで食欲のない悟空は、それとわかるほどに痩せていた。

「朝になったら、何か作りましょうね」
「うん…ごめんな」
「何がです?」
「迷惑かけて…」
「そんなこと、ありませんよ。私は悟空が大好きですから、こうして悟空を独り占め出来ることは、嬉しいことで、迷惑なんてこれっぽっちも感じてません」
「ホント?」
「ええ、悟空」

ほっと、肩の力を抜く悟空に、笙玄は悟空の気遣いを感じた。
幼いまだ、庇護の必要な身で、自分のことより他人を心配する。
その心は、修行とは名ばかりでこんな仕打ちを平気でする僧達よりよほど、崇高で美しかった。

「三蔵様はあと二、三日でお戻りですよ」
「ホントに…?」
「はい。ですから少しでも元気になっておかないと、三蔵様がご心配なさいますよ」
「…そ、だね」

悟空は、はんなりした笑顔を浮かべると、目を閉じた。
すぐに寝息が聞こえ始める。
笙玄はそのやつれた寝顔をしばらく見つめた後、額に浮いていた汗を拭ってやった。

と、



「何があった、笙玄」



声が聞こえた。
慌てて振り返れば、旅装束もそのままに、怒りを纏った三蔵が立っていた。

「三、蔵…様…」

笙玄はその姿に目を見開いたあと、その場にへたり込んでしまった。

「おい!」

へなへなとへたり込む笙玄に、三蔵は驚いて駆け寄る。

「笙玄?!」
「だ、大丈夫です。気が…気が抜けてしまって…」

力無く笑う笙玄に三蔵は小さくため息を吐くと、寝台に眠る悟空を見やった。






行く道、常に穏やかに聴こえている悟空の声が、突然悲鳴に変わった。
殴りつけられるような大音声が三蔵を打ちのめし、一瞬、三蔵は意識を手放した。
気が付けば、声は打って変わってか細くなり、とぎれとぎれに自分を呼んでいる。

何かあったのだ。

湧き起こる胸騒ぎに、三蔵は仕事をほって戻りたいと思った。
だが、三仏神の下命に逆らえるはずもなく、はやる気持ちを抑え込んで、目的地を目指した。
そして、異例の速さで仕事を片づけると、休む間もなく三蔵は帰途についた。
走るように街道を行く胸を覆う暗雲は、晴れることはなかった。
寺院に近づくほどに広がり、暗く立ちこめる胸の暗雲。



悟空…



寺院までの四日の道のりを三蔵は、僅か二日で辿り着いた。
不眠不休の結果だった。
真夜中にさしかかる頃、三蔵は寺院の門前に立った。
門番の僧兵を叩き起こし、門を開けさせた。

信じられない時刻の三蔵の帰着に僧兵達は狼狽えたが、三蔵は構うなと彼らを黙らせ、寝所に向かった。



声は、寂しげに、頼りなげに三蔵を呼んでいる。



辿り着いて見たものは─────




「話せ、笙玄」




暗い獣が頭をもたげた。
















悟空は嗅ぎ慣れた香りで、目が覚めた。

「…んっ…さん…ぞぉ…?」

寝ぼけた目を擦りながら香りを辿って瞳を向ければ、朝日に輝く金色が見えた。

「起きたか?」

吸っていた煙草を灰皿でもみ消すと、悟空の顔を覗き込んだ。
見下ろす紫暗が、微かに揺れている。

「…さんぞ?ホントに?」
「ああ」

悟空は恐る恐る手を三蔵の頬に伸ばす。
途端に走る痛みに顔を顰める。
三蔵は伸ばされた悟空の手をそっと自分の頬に触れさせると、

「痛むか…?」

と、その手を握る手に力を込めた。

「うん…へーき…だ…から…」

そう言って笑う瞳に、盛り上がる透明な固まり。

「よく、我慢したな」

そっと呟けば、悟空は堰を切ったように泣き出した。

「ふぇぇ…さんぞ、さんぞぉ……」

痛む身体を精一杯伸ばして、悟空は三蔵の首筋にかじりついた。
三蔵はやつれて細くなった悟空の身体を支え、負担の掛からないように抱き上げ、そっと抱きしめた。

僧侶達にいわれのない暴力を受けて、恐くて、不安で、寂しくて、痛くて、悲しくて・・・・。
いっぱい、いっぱいこれ以上ないほどに我慢した。
三蔵が帰ってくるまで。
三蔵の顔を見るまで。
三蔵の声を聞くまで。
いっぱい、いっぱいこんなに頑張った。

悟空は泣きながら、三蔵の腕の中で寝入ってしまった。

一方、寝所の居間で悟空の泣き声を聞いた笙玄と診察に訪れた康永は、顔を見合わせて安堵のため息を吐いた。

「さすが、三蔵様です」
「よく我慢したな、悟空は」
「本当に…でも…」
「うん?でも?」
「ちょっと焼けます。私にもああいう姿を見せて欲しいです」
「そうか」
「はい」

泣き続ける悟空の身体を抱きしめる三蔵の姿を二人は、穏やかな微笑みを浮かべていつまでも見ていた。






三蔵が帰って来た、それだけで悟空は元気になった。

一向に進まなかった食が進むようになり、治らなかった傷が見てる間に回復してゆく。
だが、二週間以上もろくに食べなかった悟空の身体は、見た目以上に弱っていて、空腹を訴えるほどには食べることも、元気だからと起き上がることもすぐには出来なかった。




三蔵は、悟空につきっきりで世話を焼いた。

ご飯を食べさせ、着替えをさせ、添い寝まで。

多分に悟空が三蔵を側から離そうとしなかったからだが、もう一つ、思い出すだけでも腹の立つ理由が、三蔵の行動を縛っていた。




「何で俺が、サルの面倒を見なくちゃなんねんだ?」

と、笙玄にくってかかったが、医者の康永から、

「悟空は三蔵様が差し出すモノしか口に入れませんし、三蔵様の姿が見えないだけで熱が出るのです。一日も早い悟空の回復をお望みでしたら、ご協力をして頂きませんと、医者として責任を負いかねます」

と言われ、その上笙玄から、

「ご公務は全て、他の僧正様方に肩代わりして頂きました。都合二週間は、三蔵様のご公務はお休みでございます。心おきなく悟空を構ってやって下さいませ」

とまで言われれば頷くしかなく、三蔵は悟空の世話をすることとなったのだった。




寝台に起き上がれるようになった悟空を三蔵は外へ連れ出した。
悟空の身体に薄い毛布を巻き、三蔵が抱いて。
奥の院の庭先から、ぐるっと庭園を一回りした。

久しぶりに外に出た悟空は眩しそうに空を見上げ、嬉しそうにそこここに咲く花を眺めて、幸せな笑顔を浮かべた。

庭園の中程にある東屋に着くと、悟空を下ろし、持ってきた水筒からお茶を与えた。
そして、懐から奉書にくるんだ菓子を渡した。

嬉しげに包みを広げ、悟空は菓子をほおばった。

「これ、美味いよ、三蔵も食べなよ」

そう言って差し出した小さな干菓子を三蔵は、悟空の指先ごと口に含んだ。

「…あっ…さん…」

驚く悟空の声に三蔵は楽しそうな色を紫暗に滲ませて、桜色に染まる悟空の顔を見つめた。
悟空はその色に三蔵のからかいを見つけて、口をとがらす。

「いじわる…」
「誰が?」
「三蔵が」
「俺が?」
「決まって……」

悟空の抗議は、柔らかな口付けに解けた。




側に置く、その為に訪れる厄災からこの無垢な存在を守るために。

傍らに在る、その為に逃れられない厄災ならこの身で受けよう。

貴方のために。

お前のために。

耐えられないモノなどないのだから─────




end




リクエスト:寺院時代で、三蔵の留守中に坊主達に傷つけられる悟空と介抱する笙玄。そして、帰ってきて悟空にベタ甘な三蔵のお話
55555 Hit ありがとうございました。
謹んで、るい様に捧げます。
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