Sweet recipe




悟空が仔ダヌキの妖怪を拾ってひと騒動起こして以来、白い狸の子供達は、頻繁に寺院へ遊びに来るようになった。

幼い手に山の土産を携えて、満面の笑みで悟空のもとへ遊びに来る。
その小さな姿に、悟空も自分の方が年上だからと、この時ばかりはしっかりするから面白い。

が、三蔵には飛んでもない事態だった。
仕事は出来ない、仔ダヌキ達からは逃げられない。

一度黙って逃げた後、寺院へ戻った三蔵を出迎えた笙玄の機嫌は最悪だった。
原因を作ったのは、どう言い逃れようと三蔵自身に他ならなかったのだから、笙玄の不機嫌のブリザードを甘んじて受けるしかなかった。
だが、その間の胃の痛みや針のむしろに座る気分は、最低最悪で、二度と逃げないと堅く三蔵は誓うこととなった。

だから、今日も今日とて、寝所の厨から喧しい声が聞こえて、今にも逃げ出したい衝動と戦う三蔵を脅かしていた。
仔ダヌキ達が遊びに来ると分かっていたら、笙玄を使いになど出さなかったものをと、三蔵は激しく後悔していた。
喧しい声に苛つきながら、聞くとはなしに会話を聞いていた三蔵は、幻ではない頭痛に気を失いそうになった。



マジかよ……



自分の所まで被害が及ばない事を願うその裏で、仔ダヌキ達と一緒に悟空が関わっているのだから、それは虚しい願いでしかないことも分かっていた。
分かっていても願ってしまうのが、人情なのだが。
案の定、身体中を粉やバター、クリームだらけにした仔ダヌキと悟空が、厨から泣きそうな顔をして出てきた。

「三蔵…」
「…しゃんぞぉ…」

四人のその姿に、三蔵は一瞬、逃げそうになる。
その三蔵のシャツを握って、悟空が訴えた。

「ケーキ、作ろうとしたんだ。そしたら…巧くできなくて…」

そう言う悟空の金瞳が潤んでくる。
その顔から視線を仔ダヌキ達に向ければ、三人も悟空と同じように今にも泣きそうな顔で、三蔵に縋ってきているのが見えた。



お願い、三蔵…



うるうると涙ぐみ、稚いお強請りモード全開の円らな瞳に三蔵が逆らえるはずもなく、気持ちとは正反対の返事が口をついていた。

「わかった、わかったからっ」
「うん…」

悟空が頷き、笑顔を浮かべる。
その笑顔に三蔵は密かに胸をなで下ろす。

「で、何をしようとしていたんだ?」

改めて訊けば、

「これを作ろうってことになったんだけど…巧くいかなくて、よくわかんなくて…」

答える悟空が差し出したのは苺のショートケーキのレシピ。

「苺ショートケーキ?」
「うん、おやつに作ってみんなで食べたかったんだ…」

俯く悟空の瞳が潤んでくる。

「あぁ、もう…泣くな、悟空」
「でも…」
「いいから、その汚れを落としてこい。話はそれからだ」
「さんぞ…」

まだ何か言いたそうな悟空の向きを変えると、三蔵は仔ダヌキ共々悟空を湯殿へ追いやった。

「いいか、綺麗に粉やそのベタベタを落とすんだぞ」

そう言い置いて三蔵は、厨へ向かった。
入り口で、その見るも無惨な厨の有様に、思わずその場に座り込みそうになった三蔵だったが、ここで座り込んでも厨が綺麗になるはずもなく、放っておいて笙玄が見つけたその時のことを考えると目眩すら覚える。
大きなため息を一つ吐いて、三蔵はシャツの袖を捲り上げた。
















悟空が仔ダヌキ達と湯殿から出てきた時には、くちゃくちゃの厨は綺麗に片付けられ、調理台の上には真新しいケーキの材料が置かれていた。
ぽかんと、四人が見とれていると、三蔵がどこからか戻ってきた。
そして、綺麗になった四人の姿に満足そうに頷くと、それぞれにエプロンを差し出した。

「これを着たら、厨に来い」
「えっ…あ、うん…」

悟空は言われるままに頷き、仔ダヌキ達にエプロンを付けさせ、自分もエプロンを付けると厨に向かった。

「さんぞ、用意でき…」

厨に立つ三蔵の姿に、悟空はびっくりし、仔ダヌキ達は歓声を上げて三蔵に抱きついた。

「しゃんぞもエプロン」
「いっしょだぁ」
「さんぞもケーキ?」

三蔵の腰に抱きついた仔ダヌキ達は口々に、三蔵も一緒にケーキを作るのかと訊いてくる。
その声を煩そうに聞きながら三蔵は、悟空に向かって言った。

「作るんだろ?」

その何処か楽しげな声に、悟空はそれは嬉しそうな笑顔を浮かべると、大きく頷くのだった。






三蔵は調理台の傍に花、茅、凪、悟空を並ばせると、レシピ片手に材料の確認をさせた。

「まず、スポンジ用の材料だ。いいか、花?」
「あい、しゃんぞ」

花の返事に三蔵は、材料を読み上げる。

「卵、砂糖、薄力粉は…小麦粉のことだ。それに無塩バター、サラダ油。全部あるか?」
「あったよ」
「よし」

三蔵の返事に、花が満面の笑みを浮かべる。

「次、茅」
「うん!」

わくわくした顔を茅が、三蔵に向ける。

「シロップの材料は、グラニュー糖、水…そう、それだ」

台の上に汲んである大きめのコップの水を手にした茅に頷き、

「キルシュは、その小瓶の酒だ」

と、三蔵は指さした。
茅は、三蔵の指さす小瓶を揃えた材料のそばに移動させた。

「全部あるな?」
「うん、全部あった」

三蔵の顔を見上げて茅が、誇らしげな笑顔を浮かべた。

「よし、凪は、生クリームの材料だ」
「はぁい」

凪は、手を上げて返事をする。

「生クリーム、粉砂糖、バニラエッセンス。あるか?」
「えっと…粉砂糖ってこれ?」

凪が粉砂糖の袋を上げて、三蔵に見せる。

「そうだ」
「うんと、全部ある!」

にこっと、嬉しそうに凪が笑った。

「悟空」
「何?」
「苺とケーキの型、敷き紙、それからボール、泡立て器、鍋、計りに計量カップ…あとは…」
「あとは?」
「包丁とまな板だ」
「全部オーケーだよ」

調理台の上に道具を並べ、一通り見回して悟空が頷いた。

「なら、始めるか…」

本来の気分とは裏腹に、三蔵は人生二回目の菓子作りを始めた。















悟空にスポンジ型の側面と底に、敷き紙を敷きこませ、自分は仔ダヌキ達と材料の計量を始めた。

「花、卵3個をこのボールに殻を割って入れろ。凪、お前は無塩バターを20gとサラダ油を20ccきっちり計って、この入れ物にそれぞれ入れるんだ」
「はーい」

花と凪は元気に返事をして、それぞれ言いつけられた仕事を危なっかしい手つきで始めた。
それを見届けて、三蔵は茅に砂糖100gと薄力粉90gを計らせる。
その間に、悟空は三蔵に言われた通り、オーブンに火を入れ、170度に温度設定を行った。

「さんぞ、計れた」

そう言って凪が差し出したバターとサラダ油を電子レンジで30秒ほど加熱し、バターを溶かす。
茅が、顔を白くさせながら薄力粉を計り、悟空と一緒にふるいっていた。

「しゃんぞ、卵、わえたよ」

花がボールを差し出した。

「良くできた」

そう言って、花の頭を軽く撫でた三蔵は残りの卵1個を卵白と卵黄に分け、卵黄だけを花の差し出すボールに入れた。

「悟空、湯をその桶にはれ」
「あ、うん」
「火傷、するなよ」
「大丈夫だって」

湧かしたやかんの湯を桶に注ぐ。
その傍へ凪と茅が近づいて覗き込もうとする。

「ダメだって、二人とも。危ねぇから」

悟空が湯のしぶきが飛ばないように、凪と茅を身体で庇いながら桶に湯を張った。
その間に、三蔵は泡立て器で軽く卵を掻き混ぜてほぐし、花に砂糖を入れさせた。

「しゃんぞ、こえ、何になゆの?」

ボールの中を覗き込みながら、花が訊いてくる。

「スポンジだ」
「シュポンジ?シュポンジって?」
「ケーキだよ」
「ホント?」
「ああ」

三蔵の返事に、花はその瞳を見開いて三蔵とボールを交互に何度か見た後、ほころぶような笑顔を浮かべた。
その笑顔に、初めてケーキを目の前にした悟空の姿が、一瞬、重なる。




あの時、たまたま土産にと、気まぐれに買って帰った小さなショートケーキに、悟空はその金眼を零れんばかりに見開いて、しばらく身動きもせずに眺めていた。
そして、

───な、なあ、これって食たべれんの?

と、訊いてきた。
食べられるぞと、答えるとそれはそれは嬉しそうな、花がほころぶような笑顔を浮かべたのだ。

───…甘くて、うまいや…

それからしばらく、悟空の花ほころぶ笑顔が見たくて、柄にもなくケーキを出掛けた帰りに買って帰った時期がしばらく続いた。
それは、三蔵だけの内緒ごと。




三蔵は、ボールの底を70度ほどに冷めた湯の張った桶に浸すと、一気に卵を泡立て始めた。
空気を含ませるように大きく混ぜて泡立てる。
その様子を花、凪、茅、そして悟空が真剣な眼差しで見つめ続けた。






しばらくして、生地の中に指を入れた三蔵は、レシピ通り生地が人肌より温かくなっているのを確認すると、ボールを湯から外して、さらに卵を泡立てる。
時々、生地をすくっては落とし、その後が残るまでしっかりと泡立てた。

「悟空、小麦粉をふるいに入れてこっちへ持ってこい」
「うん」

悟空が言われた通り、小麦粉をふるいに入れ、三蔵に差し出すと、

「そのままこの上で粉をふるえ。花、そこのゴムべらを取れ」
「あい」

悟空が泡立てたボールの上に粉をふるい入れ、花が差し出したゴムべらに三蔵は持ち替えると、手前の生地を底から掬い上げ、向こう側へ載せるようにして大きく混ぜ返した。
手を動かしながら、三蔵は仔ダヌキ達と悟空に指示を飛ばす。

「茅、バターとサラダ油を取れ」
「凪、使った泡立て器を洗え」
「悟空、湯を捨てておけ」

三蔵の指示に、仔ダヌキ達は厨をちょこちょこと走り回り、悟空はその間を縫うようにして桶の湯を捨てた。
その間に三蔵は、茅が取ったバターとサラダ油を生地と混ぜ合わせる。
そして、ケーキ型に生地を流し入れ、型を少し持ち上げて軽く台の上に落とし、気泡を抜いた。

「しゃんぞ、それどーするの?」

三蔵の手元を覗き込んで、花が問う。

「オーブンで焼くんだよ」
「焼いたらケーキになゆ?」
「ケーキの土台ができあがる」
「土台って?」
「スポンジ」
「シュポンジィ」

三蔵の答えに嬉しそうに花は手を叩く。
それに茅と凪も同調して手を叩きだした。

「スポンジ!シュッポンジィ!」

苦虫を噛みつぶした顔で三蔵は生地をオーブンに入れた。
そして、タイマーを35分にセットすると、立ち上がった。

「使ったもん洗うぞ」

と、声をかけたが、仔ダヌキ達はオーブンの前から離れようとはしない。
見ていても熱いだけでつまらんだろうにと思いつつも、その三つの小さな背中が三蔵を何とも言えない気分にした。

興味が在ることには夢中になって、自分の存在すら忘れてしまう小猿を思い出す。

その気持ちのままに悟空を見やれば、汚した道具を一生懸命洗っていた。
三蔵はそんな悟空に背後から近づくと、そのまま抱きしめた。

「な、何?」

驚く悟空が振り返る。
その薄く開いた唇から掠め取るように口付けを奪うと、三蔵は楽しそうに喉を鳴らした。
















時間を知らせるベルが、澄んだ音を鳴らした。

「さんぞ、焼けた」
「しゃんぞ、きえいになった」
「最初より大きくなった」

オーブンの前に近づく三蔵に、仔ダヌキ達は口々に報告する。

「熱いから離れような」

三蔵の後ろから悟空が仔ダヌキ達に声をかけると、仔ダヌキ達は返事を返して悟空の傍に走り寄った。
それを見届けて、三蔵はオーブンの蓋を開け、焼き具合を確かめると、焼けたスポンジを取り出した。
すぐに型から外すと、上下を逆にしてケーキクーラーに載せた。

「綺麗に焼けたね」

悟空が嬉しそうに三蔵を見上げる。
その笑顔に片眉を僅かに上げて答えると、三蔵はスポンジの載ったケーキクーラーを棚の上に上げた。

「苺を8個よけて、残りを半分に切る。出来るか?」

仔ダヌキ達に問えば、「できる!」と声を揃えた返事が、元気よく返ってきた。

「なら、始めろ」
「はあい」

三人はわらわらと調理台の端へ移動すると、苺を切り出した。

「悟空、お前はグラニュー糖を20g、水50ccをその小鍋に入れてグラニュー糖を煮溶かせ。で、砂糖が溶けたらすぐ火から下ろして、そのキルシュを大さじ2杯入れて掻き混ぜとけ」
「わかった」
「失敗すんじゃねぇぞ」
「大丈夫だって」

そう言って笑う悟空にシロップを任せ、三蔵は生クリームにとりかかった。




ボールに氷を入れて氷水を作り、それより一回り小さなボールに生クリーム500ccと粉砂糖35g、バニラエッセンスを数滴垂らして、全体に六分立ての緩めに泡立てた。
ボールを置いて仔ダヌキ達と悟空の様子を見れば、

「切れたぁ」
「できたぁ」

と歓声を上げている。

「おい、喜んでねぇで、こっち持ってこい」

三蔵は四人を呼び、棚からケーキクーラーを下ろし、回転台にスポンジをのせ、半分に切り分けた。
悟空が作ったシロップを刷毛でスポンジの切り口に丁寧に塗り、生クリームの半量をボールの片側を使って八分立てに泡立て、その五分の一量をスポンジに載せた。

「しゃんぞ、こえ何?」

花がボールの中を覗き込んで訊くのへ、「生クリームだ」と作業する手を止めずに答えれば、

「舐めてもいい?」

なんぞと小首を傾げて訊いてくる。

「ダメだ」

と答えれば、

「しゃんぞのケチィ!」

ぷっと膨れる姿が、視界の端に映った。
その花を悟空は抱き上げ、

「できあがってからの楽しみにしような」

と宥めている。
いつもは花のように三蔵に甘えては拗ねて、膨れる悟空が一人前に年上らしいことをしている姿に、三蔵は口元をほころばせた。




半分に切った苺を敷き詰め、その上に生クリームを置いて、苺が隠れるようにパレットナイフでならし、もう半分のスポンジの切り口にもシロップを塗って、その上に重ねた。

「さんぞ、もうすぐ出来る?」

凪がわくわくした瞳で三蔵を見上げる。

「ああ、もうちょっとな」

残った生クリームを丁度良い堅さに泡立て、重ねたスポンジの上に置いて綺麗に苺を挟んだスポンジをくるんでしまった。
その手際の良さに、悟空も仔ダヌキ達も見惚れてしまう。

三蔵は不器用に見えて、以外に器用なところがあるらしく、偶に、本当に偶に悟空が服のボタンをちぎった時、縫いつけてくれたり、折り紙を教えてくれたりする。
その時、三蔵の几帳面さが垣間見え、悟空は嬉しくなる。
だから、こうしてケーキを作る三蔵の手が、器用なのも悟空にとっては、不思議ではなかった。

「さんぞの手って、魔法みたいだ」

茅が不思議そうな顔で三蔵の指先を見つめている。

銃を打つ手はちょっと節くれ立っていても、指は細く長い。
そして、ちょっと冷たい三蔵の手。
綺麗な文字を生み出し、煙草を持ち、銃を撃つ。
優しく悟空に触れて、安心をくれる三蔵の手。

悟空が大好きな三蔵の手。

悟空は茅の言葉に、自然顔がほころんでくる。
三蔵が誉められるのは、嬉しいのだ。
自分が誉められる以上に、幸せになる。
こういう時、本当に自分は三蔵が好きなんだと、そう思う悟空だった。

そんな悟空の気持ちを知ってか知らずか、三蔵はボールに残った生クリームを集めて、花の口金をつけた絞り出し袋に詰め、ケーキの周囲をそれで綺麗に飾った。
そして、残しておいた苺を載せて、念願の苺ショートケーキができあがった。
















仔ダヌキ達と悟空の歓声に迎えられ、苺ケーキはしばらく八つの円らに観賞され、やがて、ナイフで切り分けられた。

「おいしーっ!」

口々に美味しいと声を上げながらケーキを頬ばる幼い姿に、ケーキを作り始めた頃に抱いていた気持ちも忘れ、三蔵は満足そうにコーヒーを運ぶのだった。

と、三蔵の前にフォークに刺したケーキが差し出された。

「何だ?」

見れば、花が嬉しそうにフォークを差し出して笑っている。

「しゃんぞも食べゆの」
「いらねぇ」
「ダメ、食べゆの」

何度か押し問答が続いたが、むうっと膨れて、尚も差し出す花に三蔵はそれ以上突っぱねることが出来ず、ケーキを口に入れた。
口の中に広がる仄かな甘さに、三蔵は内心その出来栄えに拍手する。

「おいしいでしょ?」
「…まあまあだな」
「うん!」

三蔵の返事に花が嬉しそうに頷き、次いで茅と凪がケーキを三蔵に向かって差し出してきた。
花のを口に入れたのだから、茅や凪のモノを口に入れないわけにもいかず、三蔵はそれぞれが差し出すケーキを口に入れた。

「おいしいでしょ?」
「おいしいよね」

口々に問う声に三蔵は頷く。
それに満足げな笑顔を浮かべて、仔ダヌキ達は残りのケーキをまた、食べ出したのだった。
















その夜、寝台に入る頃になって悟空が三蔵の腰に抱きついて離れなくなった。
その様子に何かあったのかと思ったが、今日は仔ダヌキ達が来ていたお陰で、日がな一日一緒に居たはずで、何もなかったはずだ。

「…おい、悟空?」

訝しげな声で名前を呼べば、益々三蔵に抱きつく腕に力を込めてくる。

「悟空…?」

ため息混じりに呼べば、ようやく顔を上げてきた。
だが、三蔵を見上げる瞳は拗ねたような、怒ったような色を湛えている。

「おい?」

悟空の瞳の色に驚いて軽く紫暗を見開けば、悟空は我慢していたのか、三蔵の鈍感さに腹が立ったのか、また、三蔵の胸に顔を埋めた。
そして、

「…さんぞのバカ」

と、くぐもった声が聞こえた。

「何だと?」

悟空の肩に手をかけ引きはがそうとする三蔵に負けじと、力を入れる悟空に三蔵は大きくため息を吐いた。

「言いたいことがあるなら、ちゃんと言いやがれ、サル」
「サルじゃねーもん」
「だったら、人語を話せ」

三蔵の呆れきった声に悟空はまた顔を上げると、今度は三蔵の顔を何とも言えない顔で見上げてきた。
そして、

「…俺も…さんぞにケーキ食べさせてあげ…たかった、んだよ」

言うなり、項まで悟空は朱に染めて、三蔵の胸にまた、顔を埋める。
その朱に染まった項をしばし見つめた三蔵は、徐に悟空を腰から離し、抱き上げた。
そして、赤くなった顔を隠すことが出来ずに涙目になった悟空の顔に、口付けの雨を降らせた。

「さ、さんぞ…さんぞ…」

三蔵の突然の行動に、くすぐったげに身を捩って三蔵を呼ぶ悟空の声は、やがて三蔵の唇に消え、そのまま三蔵は、悟空の身体共々寝台に横たわった。

「…さんぞ?」
「喰ってやるから安心しろ」
「へっ…?えっ…あっ…」

三蔵の意図に気が付いた悟空が、声を上げた時にはもう三蔵の手は、悟空の弱いところをまさぐり始めていた。
思いもしない悟空の可愛い嫉妬に、三蔵の理性が持つはずもなく、悟空はその晩、夜明けまで反してもらえなかった。




end

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