籠の中の小鳥は、始終自由でいたいのです。
■Little Bird
「いーやーだっ!俺も行く、一緒に行くっ!」
「煩い、何度も言わせるな。今日の夕刻には戻る、勝手にどこそこうろつくんじゃねえぞ」
そんな会話を交わしたのは、もう数時間前のことだ。
やわらかくシーツを暖める陽光にくるまれるように、子供は小さく体を丸めて寝台の上に寝転んでいた。
開け放たれた窓からは、静かでやさしい風が慰めるように子供の頬を撫でていく。
「………つまんない」
ねだったことが叶えられたことなど、片手で数えるほどしかない。
連れて行って欲しい、いつでも傍において欲しい。
三蔵を待っている間、自分がどんなに心細いかちっともわかっていない。
ギュウッと抱きしめた枕にぐりぐりと顔を押し付けながら、胸のうちで三蔵への文句を羅列した。
これで、三蔵が帰ってくれば文句ばかり言うに違いない。
てめぇ、俺にあれだけの罵詈雑言を浴びせたからにはどうなるかわかってるんだろうな?
そういって。
ハリセンで叩かれて、くどくどと怒られて。
一通りの通過儀礼が済んで、そして抱きしめられて……
きっと今日もいつもの通り。
丸めていた体を、起きたばかりの子猫のように背をしならせて伸ばすと、寝台の真横の窓辺に悟空はチョコン、と顎を乗せて外を眺めた。
しばらく風に身を任せていると、ふっと一瞬風の流れが変わり、何かと思えば悟空の頬の辺りにつややかな美しい小鳥が降り立った。
小さな、青い鳥。
―――ピイ、ピイ
「あ!久しぶり。どう、みんな元気にしてる?」
そう問えば、小鳥はそれに答えるように2、3度小さく羽をはためかせて見せた。
「そっかぁ……みんなおっきくなってきたんだろうなぁ」
ことん、と頭を倒して小鳥と見詰め合う。
この小鳥は、まだ羽の生え変わらぬヒナの頃から知っている。
ずっとずっと友達だ。
今ではもう、可愛らしいお嫁さんもいて、小さな巣の中で日々せっせと子育てにいそしんでいる。
互いに子供だったのに、今では彼はあたたかい巣の中から巣立ち……
もう一人前の立派な父親の顔をしている。
ピイ?
「ううん、なんでもないよ。ほら、みんなエサ待ってるんだろ、早く帰ってやんなよ」
黒くてつぶらな瞳をぱちりと閉じて、チョンと小さく尾を振って別れを告げると、小鳥はその翼をはためかせて空へと消えた。
ザワザワと声を立ててさざめきあう木々。
木の葉は少しずつ色を染め替え始めている。
もうすぐ綺麗な落ち葉のじゅうたんが見られるだろう。
越えるべき冬をまち、訪れる春をこいねがう。
ぼんやりと、その姿を眺めていた。
今年の秋も、三蔵と落ち葉を踏みながら歩けるだろうか。
今年も、来年も、その先も、ずっとずっと……
あの人が好きで、ともにそこに在りたくて。
時折見る。
三蔵の、なにかもの言いたげな表情。
その奥に見えるいつも変わらぬ三蔵の疑問。
「知ってる……知ってるよ、三蔵。でも、でもね……」
自分は、なにかを望んでいるのだろうか。
例えば、ココでないどこかへ行きたいと。
例えば、あの大空を飛びたいと。
例えば、あの人の傍を離れたいと。
自由に、なりたいと。
「空、飛べるかなぁ」
そうすれば、苦しくなくなるのだ。
「三蔵」
バラ色の鎖に縛られる今を、捨てさえすれば。
籠の中の小鳥は、始終自由でいたいのです。
「ふ……っあ……やあっ、ん……いた、い」
優しい腕の中で、あたたかい腕の中で。
育てられて、守られて、愛されて。
まるで小さな巣の中で慈しまれるヒナのよう。
「あ………さ、んぞ………ゅあっ」
そんな自分に巣立ちを迎える日が、来るのだろうか。
あの人はそれを望むだろうか。
自分は本当にそれを望んでいるのだろうか。
バラ色の鎖のその先はいつも愛するあの人に。
細い首を戒められて、ジャラリと響く鎖の音。
小さな小さな籠の中で、可愛がれて愛されて慈しまれて。
自由な両手を伸ばさないのは?
戒めをその手で解くことができるのに。
籠の扉を開けないのは?
空を飛ぶことができるのに。
どうして?
どうして?
「羽が………欲しくはないか」
それは………
それは………
「さんぞ………大好き………」
小鳥がそういって笑うから。
大地を蹴って
空を駆けて
籠の中の小鳥は始終自由でいたいのです。
それでも、
それでも、
「さんぞ、大好き。大好き」
小鳥は縛り付ける優しい腕を愛しているのです。
END
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