広き大地を、高き空を、だから彼は憎んでいます。
Bird
Call
「なぁ、さんぞー」
「……邪魔をするな」
半開きの窓からは緩やかな風が吹く。
穏やかな昼下がり。
何を見るとは無しに外を見ている金の瞳。
それに、書類から視線も上げずに三蔵は答えた。
今朝から悟空は三蔵の執務室に居座ったまま一向に動こうとしない。
別段その理由を問うこともないが、違和感があることだけは否めなかった。
今三蔵の名を呼んだのも、何も今日になって初めてのことではない。
はじめは逐一「なんだ」と問い返してやっていた三蔵だったが、悟空が会話を期待しているわけではないことに、ややもすると気がついた。
返ってくるのが罵詈雑言であろうと、おそらくはどうでもいいのだ。
多分、三蔵の名を呼ぶことでなにかを確認しているのだろう。
自分がここに居ることを、なのか。
三蔵がここに居ることを、なのか。
そのどちらとも三蔵には分からない。
広き大地を、高き空を、だから彼は憎んでいます。
日はとうに落ちた。
二人分持ってくるよう言いつけた食事。
一つは三蔵の机の上に、一つは悟空の前の小さなテーブルの上に。
一つの膳はすでに空で、一つの膳は未だに手付かずのまま。
「食わねぇのか」
見かねて声をかけたのも、らしくないと言われれば頷くしかない。
じっと外に向けられていた視線は、ようやくゆっくりと三蔵のほうへ帰ってくる。
「仕事、終わった?」
ことん、と首をかしげて問う。
三蔵は顔を顰めたが、ああ、と答えた。
「そっか、じゃあ外いこ?」
こんな時間に、と普段の自分なら言うだろう。
座りっぱなしだった椅子から腰を上げたのは気まぐれなのか、そうでないのか。
「………さっさと支度しろ」
怖い、という感情を知ったのはいつだったろうか。
果ての見えぬ闇の底から、刺し貫くように鋭い星々の光が地上に注ぐ。
木立の間を吹き抜ける風。
冷たさを伴った僅かな痛みが、頬を掠めて去っていく。
闇の中でもはっきりと分かる金瞳を天に向けながら、悟空は歩く。
振り返らずに、三蔵の一歩先を。
「すげー星いっぱいだな」
「ああ」
風の声を聞きながら、
「三蔵、疲れた?」
「そう思うんだったらいつまでも引っ張りまわすな」
大地の望みを知りながら、
「仕事楽しい?」
「そう見えるなら、お前がやれ」
空に願いをかけながら、
「さんぞー?」
「なんだ」
それでも彼は、彼を求める。
「さんぞぉ」
ぴたりと止まった歩み。
泣き出しそうな、声。
「ああ」
「俺、三蔵の側に居たいんだ………でもっ」
空と大地が呼ぶのです。
こちらへおいでと呼ぶのです。
「居たいなら居りゃあいいんだ。ほかに何を考える」
だから、彼は。
「………そ、だね」
開きかけた口を今日も閉じ。
だから、彼は………
「お前の居場所はここだ……――――悟空」
その腕に閉じ込めるように小さな身体を抱きしめて……。
今日もまた。
彼は、鳥籠の扉を閉じるのです。
空を望み、大地を愛し。
それでも彼はここに在る。
何を望んでいるのか知っている。
何を欲しがっているのか知っている。
見えぬ枷で縛りつけ、細い首を戒めて。
怖い、怖い、と。
行くな、行くな、と。
いっそ、羽など切りおとしてしまおうか。
一枚一枚、切り取って。
一枚一枚、火にくべて。
美しい美しい、真っ白な羽を。
細かな細かな、灰にしたい。
でも、
それでも、
きっとそれでも、
飛ばない小鳥は鳴くのです。
遠い大地を眺めながら、遥かな空を思いながら。
自由を、自由を、自由を、と。
広き大地を、高き空を、だから彼は憎んでいます。
END
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