Question




事の始まりはこうだった。



「……おい、大丈夫か」
「ふ、………あ、わああぁぁぁん――――ッ」



チョコチョコと走り回っていたので、危ないとは思っていたのだ。
我が家の小猿とちょうど年頃が同じで、おぼつかない足取りも似ていて。

予測にたがわず転んでヒザをすりむいた子供に、手を差し伸べたというのに。
ところがその子供ときたら、金蝉の顔を見るや否や火の付いたように泣き出したのだ。

「まぁ、すみません。ほら、こっちいらっしゃい」

慌てた母親がすぐに子供を迎えに来たのだが、

「ヒク、ッ……このおじちゃん、怖い、よぉ」



果たして金蝉は、その言葉に結構傷ついてしまったのであった。






++++






それ以来金蝉は、

「………おい、俺は怖いのか」
「は?」
「怖いのか」
「厳格な方だとは存じておりますが……」
「…いや、いい。妙な質問をして悪かった」



会社の側近にそんな質問をしては、少々物思いにふけるのであった。
さては自分の養い子も、自分のことを怖いと、そう思っているのだろうか。








「金蝉、金蝉っv」

今日も今日とて、金蝉の養い子がエレベーターを降りると同時に飛びついてきた。
うれしいうれしいと、顔いっぱいに書いて金蝉の長い足に抱きついて。
重くなった片足を動かしながら、金蝉は自宅へたどり着く。

「なぁ金蝉、今日のご飯なにっ?」

忙しなく小さな靴を脱ぎ捨てると、金蝉が靴を脱ぐのを待って足元でぴょこぴょこ飛び上がる。
手を伸ばす子供を抱き上げると、ピトリとやわらかいほほがくっついて、やわらかい唇が押し付けられる。

「………なにがいいんだ」
「金蝉が作ってくれるなら何でもいい。あのな、俺、今日三蔵のトコに遊びに行ったんだ。それでな、オムレツっていうの作ったんだ」
「うまく出来たのか」
「ちょっと、焦げちゃったけど…でも、おいしかったから今度金蝉にも作っていい?」
「ああ、」

アレが楽しくて、コレが悲しくて、こんなうれしいことがあったのだと。
よくも疲れないと思うほど子供の報告は果てしない。




嬉しい、だとか。楽しい、だとか。金蝉にだってそれはある。
嬉しいような気がする、だとか。楽しいような気がする、だとか。
曖昧な言葉にぼやけてはしまうが。

それらのたいていの感情というものは足元に居たり、自分の背中にくっついていたりする小猿が持ってくるものだ。

いつから始終笑顔のままで、金蝉金蝉と鳴く生き物ぐらいは自分を恐れずに居てくれるだろう。

「おい、悟空」
「なに?俺、ハラヘッタ」

金色の目をきらきらさせて、金蝉の髪を引っ張って悟空は甘えた。



「俺は怖いか?」



抱き上げられたままの唐突な質問に、きょとん、と金瞳を真ん丸く見開いたまましばらく固まっていたが。



「怖いよ?」
「………」

ここはやはり落ち込むべきところだろう。
やはり、うまいこと喜びだかなんだかを顔に表せないから悪いのだろうか。
真剣に悩み始めた金蝉に子供は声を弾ませてこう云った。

「だって、そうじゃないと、俺困るんだ」

どうやら落ち込む間に困る方が先であるようだった。
いぶかしげに眉を寄せた金蝉を見て、子供は養父の不機嫌を察したらしかった。
どうも、自分の思うところが伝わっていないと知るや、悟空は次の言葉を付け足した。

「金蝉、俺、金蝉って俺のこと、ちょっとぐらい好きだと思うんだ」
「ああ?」

先の言葉からいったいどう繋がっているのかわからない。

「うん、たぶんちょっとぐらいそうなんだと思う」
「………それがどうした」

今更否定すべくでもない子供のいいように、金蝉はますます紫暗を悩ませる。

「だから、金蝉は怖くないとだめなんだ」
「………どういう意味だ」

さっぱり理解出来ない。
もう少し真意を伺うべく、抱き上げた子供の髪をくしゃりとかきなでながら。
話の続きを聞こうと金蝉はソファの上に悟空ごと腰をおろした。
まだまだ、話を繋げることの下手な子供の話は長く聞かないと要領を得ないことも多い。



「だってね、金蝉がだれでも優しくって、怖くなかったら……みんな、金蝉のこと好きになっちゃう。そしたら、金蝉も『好きだ』って云ってくれる人のこと好きになるかもしれないだろ?俺よりその人のこと好きになっちゃうかもしれないでしょ?」
「………」
「だから、俺。金蝉が怖くっていっつも怒った顔しててもいいんだ。だってね、俺、金蝉がホントは怒ってなくて、怖くも無いってことちゃんと知ってるから。だから、金蝉は怖いほうがいいんだ」

ギュッと金蝉にしがみついてどうにかして誤解を解こうと必死にまくし立てる子供の言葉に、金蝉は絶句し、そして少し笑った。



「金蝉のこと、好きなのは俺だけの方がいいもん」



まったく、とんでもない殺し文句もあったものだ。
ガシガシと子供の髪をかきまわして。
痛い、と笑う子供の頭を小突き回し。
そして、夕食を作るために、金蝉は立ち上がった。
そこで、不意に思いついて、もう一度聞いてみた。




「悟空、俺が怖いか?」

「金蝉が?ううん、全然怖くないよ。大好きっv」




決まった。
今日の夕食はハンバーグだ。




おしまい☆




「が」と「は」には、思いのほか大きな違いがあるものです(笑)

このお話はお持ち帰りフリーとなっています。
(…欲しがる方がいらっしゃるかどうかは謎ですが/苦笑)
お持ち帰りの際は一言いただけるとうれしいです。




<リョウ 様 作>

リョウ様のサイト「晴れの海」のお持ち帰り自由とありましたので、早速もらい受けて来た小説です。
素敵に悩む金蝉が、悟空の一言で立ち直る金蝉が好きです。
綺麗な人が無表情なのは怖いかも知れませんが、眺めて良いのなら遠慮無く見つめていたいです(殴)
この「
fateシリーズ」の金蝉の良いお父さんであろうと不器用に頑張る姿と健気に一生懸命なチビ悟空との日常を
本当に柔らかく時に切なくて、私、大好きです。
リョウ様、素敵なお話をありがとうございました。

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