Sketchbook
最近知った。
祐賢がとても絵がうまいこと。
「すげーうまいっv」
ありがとうございます。
言葉は紡げないながらもやさしい表情で祐賢は笑う。
昨日は三蔵と街に降りた。
何でも頼んでおいた筆を取りに行くのだとかで、悟空もねだりにねだって一緒に行くのを許してもらったのだ。
最初の目的は何か美味しいものが食べられれば、という極めて悟空らしい発想の元、機嫌よく三蔵の法衣の袂をつかんでいたのだが、いざ店の中に入ると色とりどりの絵の具や画材にすっかり心を奪われてしまった。
あまりにうっとりと眺めていたのがばれたのだろう。
食い物は買わんからな。
そんな呟きが聞こえたあと、12色の絵の具と大きなスケッチブックは悟空のものになった。
三蔵に買ってもらったスケッチブックの上に、色とりどりの絵の具を筆に載せて楽しんでいた悟空の元に、今日の仕事を終えたらしい祐賢が通りかかったのを引き止めて、悟空は何か描いて欲しいとねだったところだったのだ。
そんな悟空に応えて、この人のいい聾唖の僧は用紙の隅の小さな余白にさらさらと小筆一本で悟空の顔を描き上げてくれた。
「うん、うんっ!」
そのあまりのできばえのよさに、悟空は自分の顔が小さく描いてあるそのスケッチブックを眺めてはしきりに頷いているのである。
「祐賢、絵描くの得意?」
すると、絵を描くのは昔から好きなのだ、と彼はやさしく手を動かしながら、わかりやすい手話で話してくれる。
祐賢が三蔵の側仕えになってしばらくしてから、悟空は耳の聞こえない彼ともっと話したくて少しずつ身振り手振りでの話し方を覚えていった。
悟空と祐賢にしか分からない、内緒の合図も作った。
誰にも分からない秘密の暗号みたいな手話を覚えるのはとても楽しい。
「じゃあさ、あのな、俺、一個頼みたいことがあるんだけどイイ?」
笑って彼が頷くと、花のように口元をほころばせて、三蔵の絵を描いて欲しいのだと。
祐賢の予想にたがわないお願いが愛らしい唇から零れ落ちた。
その日の夜、三蔵が部屋に戻ると喜び勇んで悟空は件の絵を差し出した。
「………なんだコレは」
「三蔵!」
「お前が描いた………わけねぇな」
手渡されたスケッチブックにある己の顔らしきもの眉を寄せて眺めながら、咥えていたタバコを灰皿へ押し込んだ。
やわらかいタッチで、キレイに色を重ね塗りながら人の輪郭を形どったそれは、どうも自分の絵姿であるらしい。
「なんだよそれ、俺が下手って言いたいのかよっ」
しつれーだ、口を尖らせて三蔵の手からスケッチブックをひったくると、その前に描いた『さんぞー』と題された自作の絵をぱらぱらとめくって眺めてみた。
しかして、祐賢の絵を見た後では見栄えがしないというか、下手だとはっきり言うべきか。
普通だ、と思っていた自分の絵のレベルときたら、もしかすると…もしかしなくても下手くそ、というありがたくない称号の得られる部類に入るのではなかろうか。八戒あたりが見れば、多分『味がある』ぐらいは言ってくれるかもしれないが。(因みに悟浄にはからかわれる線が濃厚だ)
そして、悟空がひとしきり眺めた後に再び手渡されたスケッチブックを睨み、三蔵はいささか奇妙な気分になる。
どうも…落ち着かない。
「なぁっ、これ似てるだろvそっくりだろ」
どうにも、この絵の自分と来たら善人面に近いものがある。
もちろん強面に描かれたほうが良いというものでもないが。
三蔵の表情からどうも彼が何かしらを不満に思っていると解釈したのか、悟空は慌てたように三蔵の手からスケッチブックをもぎ取り、絵をひっくり返して眺めてみたり、必死に三蔵と見比べてみたりする。
それでも、似ていると主張する悟空の評価は変わらないらしく、何度も絵と三蔵を睨んだ末に、不機嫌交じりに、「ほら、そっくりじゃん」と口を尖らせた。
「んな、善人面かよ」
いかにも柔和なその顔を、三蔵は嫌そうに見つめた。
似てる似ていないの問答はそれからしばらく続く。
一枚の絵のもたらした波紋は、まだ収拾のつかないまま、その日の夜はいつもと同じく更けていった。
++++
それから数日後。
祐賢の元から手のひらに乗るほどの小さな額に入った悟空の肖像が三蔵の元に届いた。
常よりも仕事の少ない長閑な午後。
一服でも、と袂の煙草に手を伸ばそうとした折、静寂は見知った顔に打ち破られたのだ。
ドアを叩くことも忘れて幾分興奮した面持ちで飛び込んできた自分の養い子。
「見てみて、三蔵!祐賢がね、三蔵にあげてって」
この間見せられた己の肖像同様、やわらかなタッチで描かれた幼子の顔。
先日と違うように三蔵が思うとすれば、悟空の本質が良く現れた見なれた表情だということ。
自分があんなに人が良さそうに見えるなんて、耳だけじゃなく目も悪いんじゃなかろうかと失礼にも疑っていた三蔵は、コレで祐賢を見直した。
「あとな、これも祐賢から預かった!」
そういって差し出された小さな書簡。
怪訝に眉を寄せるが、早く開けて読んでくれ、と悟空の目が言うので仕方なく封のなされた包みを開く。
――――昔から手遊びに嗜んでいた絵画なのですが、
悟空があまりに褒めてくれるので少し調子に乗ってしまいました。
先日私が描いた三蔵様の絵はどうもお気に召さなかったらしいと悟空から聞きましたので、
今度は悟空の絵を描いてお届けします。
これならもしかすると喜んでいただけるかも知れませんね。
でも、私は、三蔵様が何故あの絵がお気に召さなかったか存じ上げておりますよ。
どうして、悟空が『似ている』そう云って喜んでくれたのかも。
もしお分かりにならなければ、その答えは悟空に聞いてみて下さいませ。 祐賢 九拝――――
「お前、この間俺に祐賢の描いた絵を見せたな」
「うん、見せた!」
「あの絵、俺に似てねぇだろ」
「似てる」
「何故だ」
「えと、だってな」
戸惑うように金瞳を泳がせ、逃げようとする悟空の腕をつかむ。
あー、うー。と言いにくそうに口ごもっていたが、観念したのかようやく三蔵の耳元に小さく囁く声が聞こえた。
俺を見てるとき、三蔵は時々ああいう顔するんだよ。
END
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