抱きしめて
昨日、街で三蔵が女の人と抱き合っていた。
私服でいつもと違う優しい顔で。

それを見たのは本当に偶然で。
街の友達と缶蹴りしていたその時。
転がった缶を追いかけて、曲がった路地の向こう、金色が光ってすぐに三蔵だと分かった。

「さん…ぞ……?」

呼びかけた声は途中で消えて。
綺麗な黒髪の牡丹の花のような女の人と一緒だった。

三蔵は女の人から何かを受け取り、嬉しそうに笑っていた。
女の人が三蔵に何か言うたびに、三蔵のいつも不機嫌な口元が柔らかく綻んで笑う。



その人…誰?



缶蹴りも忘れて三蔵と女の人を見つめた。

女の人が楽しそうに笑って、三蔵の首に腕を回した。
それを三蔵は許して、その上三蔵の腕がその女の人の腰に回った。
鼻がくっつきそうな程、顔を近づけて二人は笑うと、離れた。

俺は今の光景が信じられなかった。
三蔵は人に触れられるのが嫌いだ。
最初、俺だって三蔵に触るたびに怒られた。
それでも、俺は綺麗な三蔵に触りたくて、怒られても触ってたら今は怒られなくなった。
反対に偶に、三蔵からも触ってくれるようになった。

「…お前は気持ちいいな」

そうまで言ってもらえるようになった。
三蔵の特別だって思ってた。

それなのに…

違ったんだ。
そう思ったら何だか目の前がぼやけてきた。
俺は、拳でごしごしとぼやけた目を擦って。
顔を上げた時、三蔵も女の人も居なかった。






夕方、寺院に帰った俺を出迎えた笙玄がびっくりした顔をしていた。
理由を訊かれたけど、三蔵が女の人と抱き合っていたなんて言えるわけないから、何でもないって押し通して、湯殿に駆け込んだ。

お風呂から上がった時、まだ、三蔵は帰ってなくて、ちょっとだけほっとした。
開け放った窓から気持ちの良い夕風が入ってきて、三蔵が帰ってくるって教えてくれた。
途端、街で見た光景が思い出されて、鼻の奥がつんと痛くなった。
どうしようかと思っていたら、三蔵が帰ってきた。

「おかえり」

反射的に出るいつもの挨拶。
それに三蔵はいつもと同じように頷いた。
そして、手に持っていた袋を俺に投げて寄こした。

「…な、に?」

思わず受けとめて三蔵の顔を見れば、瞳が開けてみろと俺を促す。
俺はのろのろと袋を開けた。
そこには、真新しい服が入っていた。

「服?」

問えば頷く三蔵の顔色を窺いながら中の洋服を出した。
それは綺麗なすみれ色のカンフーチャイナ。
金糸で蘭の花が刺繍された三蔵色の洋服。
声もなくそれを見つめていると、すぐ傍に三蔵の立つ気配がした。
慌てて顔を上げれば、手の洋服を取って、俺に当ててみる。

「…まあまあだな」

一人頷いて、三蔵は俺の頭をくしゃっと掻き混ぜた。
そして、

「瑯耶の腕はやはり確かだな」

そう言って、満足げに笑った。

瑯耶って、あの女の人?
ねえ、そんな嬉しそうに笑わないでよ。

反応のない俺に漸く気付いた三蔵が、俯く俺の顔を覗き込んできた。
俺を見つめる紫暗に泣きそうな俺の顔が映る。

「気に入らないか?」

気遣わしげな三蔵の声に俺は首を振って。
新しい服は嬉しいのに。
それも大好きな三蔵の色なのに。
昼間のことが引っかかって、素直に喜べない。

「悟空?」

ふわりと三蔵が俺の頬に触れた。
上向かされる顔。

「瑯耶の店先に居たのはお前だったんだな」
「…ぇ…?」

苦笑の滲んだ顔が俺を見下ろしている。
何で知ってるの?
俺、声も何も掛けなかったのに。
違う、掛けられなかったのに。

「あれはアイツの生まれた国の挨拶だ。でなきゃあんなこと誰がするか」
「…ふぇ…ぇ?」
「勘違いして焼き餅妬くのは嬉しいが、泣くのだけは頂けないな」
「ぁ…えっ…?」
「お前は本当に煩い奴だ」

そう言って、三蔵は俺を抱きしめてくれた。

嬉しいけど何かよく分からなくて。
でも、三蔵の腕の中は気持ち良いからもう少しこのままで。

ねえ、三蔵、俺のこともっと抱きしめてね。
不安がなくなるくらい。

close