雪
音もなく降り積もる真っ白な冷たい花弁。
綺麗なものも、汚れたものも、美しいものも、醜いものも、音も、匂いも、色も何もかもを白一色に塗り込めてしまう。

細かい粉のように、ふわりとした綿のように、雨の衣を着て、時に氷の外套を纏って、降り積もる。

広い世界にたった一人取り残されたと思い、冷たさに身震いをし、流す涙が凍る。
呼んでも応えはなく、木霊すら返らず、世界に一人。

恐いと怖いと震えても、差し出される手はなく、掛けられる聲もなかった。
寒いと哀しいと淋しいと膝を抱えても、抱き留めてくれる胸もなかった。

息を殺し、小さく身を縮め、涙を呑んで、寒風に耐え、白さから隠れた。

触れれば冷たくて、指先が冷たくて・・・・・

「おい、何呆けてる?」

ぱちんと、後頭部をはたかれて、悟空は我に返った。

「…あ、あれ?さんぞ?」

はたかれた後頭部に手をやって、パチパチとまばたき、悟空は後ろを振り返った。

「そんなにまだ、雪が珍しいのか?」
「へっ?」
「悟空?」
「あ、いや…そんなことねえけど…」

わたわたと手を振って、違うと首を振り、ぱたんと俯いてしまう。

「何だ?」
「…うん…ちょっと、思い出してた、というか…なんていうか……」

困ったような、戸惑ったような、何とも言えない表情で三蔵を見上げてきた。
その表情に三蔵はそっと、息を吐き、煙草をくわえた。

「…ここは暖かいなあって、思って…」
「あ…?!」

火を付けかけた格好のまま三蔵が首を傾げる。

「うん、すっげぇ暖かい…」

ぱふんと三蔵の腰に抱きつき、胸に頬をすり寄せる。

「人語しゃべれ」
「喋ってるよ、ちゃんと」
「理解できねえぞ?」
「いいんだって。俺が暖かいから、いいんだ」
「そうかよ」
「うん」

頷く悟空の大地色の髪をくしゃっと掻き混ぜて、三蔵は煙草に火を付けた。

雪の降るたびに、朧な闇に囚われ、精気を無くした瞳で雪景色を見つめていた。
恐い、怖いと言い出し、引きこもる年もあった。
三蔵の後を追いかけて、片時も側を離れ様としなかった年もあった。
初めて雪に触れた時の輝く笑顔が忘れられなくて、柄にもなく雪遊びに誘った年もあった。

少しずつ雪を受け容れ、少しずつ慣れて。

それでも時折こうやって囚われたように、恐れるように雪を見つめる。
翳りを帯びた金瞳を隠して、仄かに笑って温もりを求めるのなら幾らでもこの腕で、この身体で与えてやる。
気の済むまで傍にいてやろう。

抱きついたまま動かない悟空の背中に三蔵は腕を回し、そっと、抱き締めた。

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