満 月 |
帰りの道を急ぐ影が一つ。 帰りを待つ子供の元へひたすらに。 呼ぶ聲に追い立てられて。 その姿を見つめるのは中天にかかった満月。
深い秋の夜は、子供が呼ばれる。 還っておいで。 そこは辛いだろう。 ここは優しい。 還ってこい。 と、甘く囁き、柔らかく包んで、子供を呼ぶ。 聲が─────届かなくなる。
「…さ、んぞぉ…」 悟空は途切れそうになる意識を何とか引き留めようと、イバラの枝を握りしめる。 「還らない…って…言……るのに…」 力無く首が振られるが、膝は身体を支えられず、悟空はその場に座り込んだ。 「……んぞぉ…」 ぎゅっと、更に力を入れてイバラの茎を握りしめ、悟空は抗う。 「やぁ…やだぁ…」 ぽろりと、真珠が悟空の頬からこぼれ落ちた。 それは悟空の心に似て。 「さ…ん……」 イバラを握りしめたまま、悟空は前へ倒れ込む。 「味方をするなら、きっちり味方しやがれ」 息を切らして三蔵は、そう言うと、悟空の身体を抱き直した。 「頑張ったな…」 襦袢の袂を引きちぎると、それを悟空の手に巻いてやった。 「触るな」 地を這う声が夜風を振り払い、冷えた声が大地を揺らした。 「俺のものだ」 すっと、笑みの形に刻まれた三蔵の口元を満月が照らしていた。 |