怒 る
纏う空気がぴりぴりと肌を刺す。

いつものように一番に飛び出した悟空は、大勢の刺客の中へ突っ込んでいった。
その背中を悟浄が守るように後に続いた。

いつも通りの戦い。
いつも通りの展開。

それでも決していつも同じではなく、敵も手を変え、品を変えて襲ってくる。

今回は引き離された。
が、それも珍しいことではないはずなのに、少し何かがずれることがあるのだ。
そんな時、怪我をする。

それが八戒だったこともある。
悟浄だったことだって珍しくもない。
まして、一番脆弱な身体を持つ三蔵が、怪我をしないことはないわけで。
悟空だって偶に、怪我を負う。

誰が怪我をしても可笑しくはない状況で戦ってきたのだ。

しかし、それも状況によるのだと、改めて悟空は寝台の上で考えていた。

「……なあ…ごめんって…」

紡がれた声は、少し掠れて、背中を向けた三蔵を打つ。
微かにその背中は揺れただけで、纏う空気の痛さは変わらない。

「わざとじゃないんだから…なあ…」

もう何度、そう、気が付いてから何度、こうやって呼んでいるのか。
悟空は三蔵の背中を見つめていた視線を天井へと向けた。

それを見つけたのは偶々で。
止めようとした動きよりも早くて。
だから、放たれた刃を止めるためには、己を投げ出すしかなかったのだ。

三蔵を庇うためでは断じてなかった。
そう…多分。

刃の行く先が三蔵だと気付いたのは身体を投げ出した後だったはずで…。

刺さった衝撃で三蔵の足許に転がった時、視界に入った三蔵の驚愕した表情が焼き付いて離れないのも事実で。

でも、本当に三蔵を庇ったつもりは無い。
無いと思いたい。

「……さんぞぉ…」

呼んでも答えが返らないのは分かっている。
それでも名前を呼ぶことしか出来ないから。

三蔵が庇われることも、庇うことも嫌いなことは身をもって知っている。
例え、それが偶然の産物でも、許し難い行為なのも理解しているのだ。
それでも、意識とは別の次元で身体は動いた。

庇ったのではなく、刃を止めたのだと…。

三蔵には同じ事なのだろうが、悟空にとっては違うのだ。
だから…。

「ごめん……ごめん、さんぞ…三蔵…」

謝るしか手だては見つからなくて。

「なあ…三蔵…三蔵ってばぁ…」

痛む身体を押して、法衣の袂を掴んで。

「……ごめん…」

怒った背中は悟空が謝り疲れて眠るまで、振り返りはしなかった。

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