絆
「…よかった…よかったよぉ」
「ばあか、何泣いてやがる」
「だって……」

泣き笑いの悟空のこぼれ落ちた涙を三蔵は、傷だらけの手で拭って、薄く笑った。

「だって?」
「だって…マジ、死んだかと思ったんだぞ」

あの時、本当に心臓が止まった気がした。
世界が音を立てて壊れたような錯覚を覚えた。

傷だらけで崩れた岩場に倒れていた三蔵。
白い法衣が赤く染まって、綺麗な金糸まで朱が散って。
白い頬がもっと白くて。

一瞬、目の前を過ぎた似た光景。

声を限りに叫んでも、その時は誰も起きてくれなくて。
ただ、赤い色が広がって、周囲を染めていた。

「あ、あんなのもうぜってーやだかんな」

三蔵に触れるまでの記憶は朧で。
三蔵に触れた時、伝わった温もりで呼吸が出来た。

「ああ…」

するりと三蔵は涙で濡れた頬を撫で、悟空の頭を軽く叩いた。






「本当に…あの状況でよく、あなたの居場所を悟空は見つけたと思います」

三蔵の意識が戻って安心したのか、悟空は三蔵の傍らで眠っていた。

「ほーんと。月もない朔の夜で、手元にあるのは八戒の気孔で点した灯りだけなのにな」

椅子をまたいで座った悟浄が、背もたれに顎を載せて半ば感心、半ば呆れたような顔で、三蔵の包帯を替える八戒の言葉に頷く。

「真っ直ぐに、あなたの所へ走って行きましたから。ね、悟浄」
「ああ、脇目もふらず、まるでお前の姿が見えているみたいだった」

意識を失う寸前見たのは悟空の泣き顔で、それが衝撃による幻覚かどうか分からなかった。
奈落へ落ちるような感覚の中で聴こえていた悟空の聲。
その三蔵を呼ぶ聲が、生へと繋ぎ止めたのだ。



お前は相変わらず煩いな



三蔵は自分の腰にしがみつくようにして眠っている悟空を見下ろし、僅かに口角を上げた。
それを目敏く見つけた悟浄が、今度こそ呆れた顔をした。

「仲のよろしいこって」
「本当に」
「言ってろ」
「はいはい」

苦笑する八戒と悟浄に、三蔵は楽しそうに笑ったのだった。

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