安 心
何年か前に拾った子供は時々、酷く怯えた顔をする。

俺の知らない場所で。
俺の知らない時間に。

気が付いたのは偶然だった。
たまたま通った回廊の片隅で、子供は近づいてくる修行僧の姿に立ちすくんでいた。

ここで暮らすことが、子供に辛いことを強いているのは承知している。
辛く当たられていることも、手酷い扱いを受けていることも、それに幼い身体で精一杯耐えていることも俺は知っていた。

だが、知っているのと実際に目の当たりにすることは違うのだ。

最近、転んだと笑って報告したにしては酷い傷を負っていた。
子供の存在を良しとしない連中がしたのだということは、すぐにわかった。
が、子供は遊んでいて転んで、林の木や岩に引っかけたのだと、怪我の理由を押し通した。

泣きそうな瞳で、ただ笑って。
そして、すまなそうに瞳を伏せて。

決して泣いているわけではないのに、俺には子供が全身で泣いているように感じた。

そんなことを回廊の片隅で立ちすくんでいる子供の姿に、思い出してしまった。
俺は近づく修行僧より早く、子供に声をかけた。

その声に子供は小さな肩をこちらがびっくりするほど大きく揺らして、そろそろと俺の方を振り返った。

一瞬、見開かれる金瞳。

それに向かって俺はもう一度、声をかけた。

「来い」

途端、子供の顔は先程と打って代わって、緊張の解けた今にもへたり込みそうな表情を浮かべ、次いで俺の好きな笑顔に変わった。
そして、広げた腕の中へ幼子が飛びつくように駆け込んできた。

腰に抱きつく小さな身体を法衣の袂で隠すように抱きしめれば、子供は小さく、吐息と変わらない声で呟いた。

「……怖かった…」

と。

そんな俺たちに気付かず、修行僧は俺たちの前を通り過ぎて言った。

怖い想いをさせたい訳じゃない。
辛い思いをさせたい訳じゃない。
ただ、一緒にいたいだけだ。
その為に必要ならいつでも、どんな時でも俺は子供の安心出来る盾で在りたいと、遅まきながら想ったのだった。

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