泣 く
遠出の仕事から帰って来た三蔵は何だか憂いっていうものを抱えた、そんなどこか儚げな雰囲気を纏っていた。
でも、寺の仕事が山積みだとかで着替える間もなく執務室へ行ってしまった。

日付が変わる頃、仕事を終えた三蔵が戻ってきた。
おかえりって、俺が言ったら三蔵が薄く笑った。
その笑顔が何だか今にも三蔵が消えてしまいそうに見えて、思わず法衣の袂を掴んだ。
そんな俺を一瞬、瞳を見開いて見たかと思うと、三蔵はふわりと抱きしめた。

「…さんぞ?」

呼んだけど答えはなくて、背中に廻った腕に微かに力が入った。
抱き込まれた腕の隙間から見上げた三蔵の顔は今にも泣き出しそうで、でも穏やかで。
俺はかける言葉が見つからなかった。

時々、本当に時々、三蔵は泣き出しそうなのに、柔らかく紫暗を揺らした穏やかな顔をする。
雨の日のどこか思い詰めたきついけれど痛々しい顔じゃなく、何かを諦めたような、何かに耐えるような、我慢してるようなそんな表情。
でも、俺には三蔵が泣いてるように見える。
見えるんだ。

いつもの誰をも魅了し、付き従わせ、それでいて何処か優しい雰囲気じゃなく、今にも折れて消えそうな、存在感の薄い雰囲気で。
だから、泣いているように見えるのかも知れない。

けれど…。

三蔵はきっと、泣いてる。
涙も嗚咽も小さな震えも吐息さえも零さず、ただ穏やかな顔で、憂いを纏って。
誰にも、俺にも内緒で。

無自覚に。

何があったかなんて解らない。
説明されてもきっと、俺には理解できない。
それでも知りたい。
話して欲しい。

きっと、話さないだろうけれど…。

辛いことなんて、俺が考えるよりも三蔵にはたくさんあって、哀しいことも俺が知る以上にたくさん三蔵は知ってる。

でも、三蔵は自分が誰よりも優しくて、強くて、脆いことを知らない。
俺が、俺だけが知ってること。

だからこんな時、傍に居られるのは嬉しい。
少しは三蔵の役に立っていると、思えるから。
俺は嬉しい。

柔らかく抱き込まれた腕の中は少し切なくて、温かくて。
何も言わず、ただお互いの温もりだけを感じる間、俺の耳に聞こえる規則正しい三蔵の鼓動。
ねえ、三蔵、傍にいるからね。
大丈夫だからね。

いつの間にか外はしのつく雨に濡れていた。

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