願 い

初めてお前を見た時、その表情の虚ろなことに驚いた。
声をかけた時、お前が見せた一瞬の呆けたような顔は忘れられない。

おずおずと俺が差し出した手に触れたお前の小さな手。
掴んで引き出せばその身体は驚くほど軽かった。

細い腕の戒めが、お前と世界を隔てていた石柱が崩れ、お前を捉えていた札が風に消えた時、お前は世界を手に入れた。

だが、その瞳は竦んで、怯え、そしてただ驚きに彩られていた。

身を寄せることを余儀なくされた寺院へ向かう旅路の途中で、お前は永い時間と孤独の中に置き忘れてきた様々なものを取り戻した。

少しずつお前は本来のお前に戻っていったのだろう。

それとともに静寂に溢れた俺の身辺は喧しくなった。

無色の時間に色が付いた。

そして、お前と共に時間は流れ、季節は移ろう。

春の柔らかさ、明るさ。
暖かさ。

花の彩り、鳥のさえずり。

夏の強さ、厳しさ。
暑さ。

蒼天の青、海の碧。

秋の穏やかさ、薫り。
静けさ。

木々の彩り、大地の恵み。

冬の冷たさ、暗さ。
寒さ。

白い大地、薄日の温もり。

忘れていたものを呼び覚まし、与えてくれる。

お前の黄金の瞳が、お前の柔らかな声が、仕草が。

日々は明るく優しいモノばかりでは無いはずで、暗い影も間々射すこともある。
それでもお前は屈託がない。

いつも嬉しそうで、幸せそうで。
純粋に、素直に、しなやかに生命を謳歌して。

俺が差し出した手を握り返すその笑顔が曇らないように。
その笑顔が消えないように。

何をおいても─────



それが俺の願い。

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