孤 独
手に付いた血糊を洗い流す。

気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い────

込み上げてくる吐き気に身体を震わせて、少年は泉の縁に蹲った。




街道から外れた山奥の小さな寺に、手掛かりがあると教えられて道を辿った。
けれど、訪れた山寺は朽ちた姿を少年の前に晒すばかりで、求める手掛かりはないように思われた。
少年は小さくため息を吐くと、踵を返した。
しかし、その足は背後に湧き起こった妖気に縫い止められた。

「ごくろうさん」

その声に振り返れば、夜盗に身を落とした妖怪と人間がうすら笑いを浮かべて崩れ落ちた山門の向こうにいた。
少年は冷めた瞳で彼らを見返す。

「綺麗なガキだな」
「やせっぽちじゃねえか」
「坊主だろ?だったら妖力の足しになる」
「楽しませてもらってからだぜ」
「あったりまえだ」
「女でもそうはいねえべっぴんだしな」

口々に好き勝手なことを言いながら少年を取り囲む。
夜盗達が少年を取り囲む寸前、少年は懐に手を入れた。

「お、数珠でも出すか?」
「経でも読むか?」
「法力は役に立たねえぞ」

こんな子供に何ができると、夜盗達は油断し、下卑た笑いを上げて少年をからかう。

「怖くて声もでね…」

正面の夜盗の声に一発の銃声が重なり、その夜盗が後頭部から派手に血をまき散らせて転がった。

一瞬の沈黙。

「てめぇ、このクソガキ!」

少年が二発目を放った銃声で我に返った夜盗達は、それぞれの得物を抜いて少年に襲いかかった。




妖怪も人も手にかけることに戸惑いを感じなくなったのはいつだったか。
初めて妖怪を殺したとき、吐き気と悪寒に長い間苛まれた。
けれど、子供一人の旅路に危険は止まることなく襲いかかり、いつの間にか躊躇することも、後悔することもなくなった。
今も、刃を振りかざして襲ってくる夜盗に対して憐れみも無く、後悔もない。
行く手を邪魔するなら叩き伏せるだけだ。
足を引っ張るなら切り捨てるだけだ。

少年は冷めた瞳を軽く眇め、最後の一人の額を撃ち抜いた。

息の上がった荒々しい呼吸の音以外、聞こえない。
少年は疲れ切った足を引きずるようにして水音のする方へ歩いて行った。

鬱蒼と茂った木々の間にその泉は有り、小さな流れを作っていた。
少年は返り血で濡れて強張った手から小銃を離し、泉に手をつけ、血糊を洗い流した。

手を浸けると濁る透明な水。
けれど、すぐに元の清浄な透明さを取り戻す。
少年は濡れた手を口元に当てたかと思うと、その場に蹲った。

風が緩やかに少年の髪を撫でる。
梢の隙間から落ちる陽のカケラが少年の髪に反射して、金色に煌めいた。

音もなく、動くものの気配のない泉。
か細く流れる水のせせらぎの音しか聞こえない。

と、不意に少年が顔を上げた。
そして、小さく口元を綻ばせる。

一人のはず。
頼るもののない宛のない旅路。
けれど、孤独を感じたその一瞬、それは必ず少年を導く。

少年は一度瞳を閉じ、開くと、迷わずまた銃を手に取り、立ち上がった。

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