一人ぼっちじゃない
空が薄い茜色に染まりだす。
一緒に遊んでいた友達が一人、また一人と帰って行く。

ある者は、約束の時間だから。
ある者は、手伝いに。
ある者は、兄弟が引っ張って。
そして、ある者は、母親が迎えにきて。

家々に灯りだした温かな灯りを見つめて、悟空は足許の小石を蹴った。
そして見上げた空は、それは綺麗な茜色に染まって、子供の帰宅を促していた。

「…まだ、帰ってないよな」

ぽつりと呟く声が、夕風に攫われた。

悟空の養い親である三蔵は、説法の仕事で出掛けている。
帰ってくるのは昨日だっただけれど、まだ帰って来ない。
行った先の寺院は三蔵の滞在を延ばそうといつも引き留めるその誘いを三蔵は振りきっていつもなら帰ってくるのだけれど、今回は皇帝のお声掛かりで行列を仕立てて出掛けたが故に、無下に断ることも出来ないと、使いが持ってきた三蔵の手紙に書いてあった。

「……仕事だし…」

手紙を読んで酷く落胆した悟空に、笙玄は、

「あの三蔵様がそんなに我慢なさると思いますか?きっと、こっそり抜け出して帰っていらっしゃると思いますよ」

などと、何だか恐ろしいことを言っていた。
確かに三蔵ならやりかねないが、必要な仕事で大事であればきちんと礼儀は尽くすし、役目は果たすのも三蔵だ。
慰めてくれるにしてももう少し三蔵を立ててもいいと、悟空は思う。
例え、笙玄の言うことがもっともだとしてもだ。

「笙玄ってさ、三蔵のこと我慢の利かない子供みたいに思ってるんだ…」

寺院への帰り道、肩に止まった小鳥に悟空はそう言って笑った。

「でも、それが冗談ですませられないところも三蔵なんだよなぁ」

くすくす笑いながら街の門を潜った。
途端に広がる夕焼けの空。
熟れた林檎か柿みたいな色に染まった太陽が地平線の向こうに姿を隠そうと触れている。
その光を受けて悟空の姿もほの赤く染まって、足許に長い影が伸びた。

「すっげぇ…甘そう…」

な?と、肩先に止まった小鳥を振り返った悟空の動きが止まった。

「…うそ……マジ…?!」

呟いた言葉を聞き咎めた顔で、悟空の斜め後ろに立った人物が、軽く瞳を眇める。
夕風が二人の間を吹きすぎ、悟空とその人の髪を撫でた。

「な…んで…?」

躯ごと振り返った悟空の動きに、肩先の小鳥が驚いて飛び立つ。

「何で?帰って来ちゃあ悪いのか?」

問いに問いで返されて、悟空は瞳を見開き、慌てたように首を振った。

「なら、いいじゃねぇか」

悟空の返事にその人は綺麗な紫暗の瞳を綻ばせて、手を差し出した。

「帰るぞ」

言われて、悟空は差し出された手をすり抜けてその人に抱きついた。

「おかえり…三蔵」
「ああ…」

受け止めた悟空のくぐもった声に、三蔵は大地色の頭をぽんぽんと軽く叩いたのだった。

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