酔 う
久しぶりに泊まった宿屋で、温かい食事と美味しい酒にありついた三蔵達一行は、宿の食堂が閉まるまで飲んで、食べた。
部屋へ引き揚げる時になって三蔵がいないことに悟空は気が付いた。

「あれ?三蔵は?」

問えば、酔いつぶれた悟浄を立たせていた八戒が、

「さあ…風にでも当たりに出たんじゃないですか?」

そう言って、小首を傾げた。

「ほら、悟浄、立って」
「……ぅんぁ…ああ」

よろよろと半ば眠りかけた様子で八戒に立たされた悟浄が、立ち上がる。
その腕を肩に回し、

「悟空、部屋に戻ります……よ…悟空?」

すぐ傍にいる悟空に声をかけた。
けれど返事がないことに八戒が振り返れば、そこに悟空の姿はなかった。
代わりにぎぃっと軋みながら宿の入り口の扉が閉まるのが見えたのだった。






捜して、探して。
ようやく見つけた三蔵は宿の裏手にある小高い丘の上に座って、夜空を見上げていた。

「三蔵!」

呼べば、ちらりと視線が寄こされたが、すぐにそれは元に戻される。
悟空はほっと息を吐いて、三蔵の傍へ歩いて行った。
夜風が微かに三蔵の金糸を揺らし、淡い月光がその金糸を戴く白い姿を柔らかな色に包んでいた。

三蔵は本当に綺麗だと悟空は思う。
その豪奢な金糸も、意志の強い澄んだ紫暗の瞳も、白く透き通るような肌も、形の良い紅を差したような唇も、身体も誰よりも綺麗だ。

それよりも、何より綺麗だと思うのはその心だ。
三蔵はその命の輝きそのままに苛烈で、容赦ない。
眩しくて、その熱に焼き焦がされそうな気さえしてくる。

けれど、その心根は信じられない程に優しく、脆い。
苛烈で、激しくあればある程、三蔵は脆く、そして、強い。
だから、だからこそ三蔵なんだと、あの日、世界をくれた存在で、何をおいても傍に居たいと願う悟空の大事な人なんだと。
夜闇の中、朧な月光浴びて佇む三蔵の儚げな姿に悟空はそう思うのだった。

「…いねえからさ、探したじゃんか」

すぐ傍らに立って告げれば、

「……どこにも行かねえよ」

と、少し呆れた返事が返ってきた。

「でもさ…どっか行っちまいそうな気がする…」

三蔵の傍らに座れば、
嗅ぎ慣れた煙草の煙が悟空を包んだ。

「な、なんだよぉ…」

ぱたぱたと煙を払えば、

「ばあか」

と、言葉が返ったかと思う間もなく、その肩を抱かれた。

「さんぞ…?」

驚いて顔を見れば、酒の臭いのする吐息が悟空の唇に触れた。

「どこにも行かねえよ、こんな喧しいサルを置いて」
「何だよ、それ…」
「飼い主の義務だろうが」

くつくつと喉を鳴らして笑うと、三蔵は抱いていた悟空の肩を離し、ごろりと寝転がった。

「さんぞ?」

三蔵の突然の行動に悟空は驚いて寝転がった三蔵を見やれば、

「酔い覚ましだ」

そう言って、目を閉じた。

「こんなとこで寝たら……ま、いっか」

悟空も三蔵の傍らに寝転がった。
まだ、風は温かく、多少のことでは風邪は引かないだろうと思う。
何より、こうして三蔵と二人でいることが嬉しいのだから。

「酔っぱらい」

言えば、

「喧しい」

と、どこか呆けた返事が返った。

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